あなたを満たす魔法
 嫌われ者で。──小さく付け足した彼女は苦笑していたが、もう慣れっこなのだろうか。家永にとっては、ここまで自分をそう称し、自負することに抵抗のなさそうな人間には、初めて出会ったということで、ある意味衝撃だった。

「家永さん、ご存知ですよね」
「……何を」
「その、もう……ちゃんとした両親……居ないって。それ、学校でばれちゃって」
「それで省かれてんのか」
「……はい」

 もともと自分は暗い性格で、学校でも孤立していたからと、あかりは言う。友達なんて幼いころから出来たこともないし、唯一話せる存在が、死んだ母。つまり、家永の小母であったが。

「もう、居ませんから」
「……ああ」
「母はお洒落が大好きだったから、色々と服を選んでくれたり髪型を整えてくれたりもしていたんですが……床に伏してからは、めっきりで」
「そうか」
「お見舞いに行っても、あなた年頃なんだから、ちゃんとお洒落しなさいって、いつも言ってて。でもわたし、センスも何もないから、一人で、何も出来なくて。……」

「髪だって、もう1年は切ってなかった」今切ってもらったのが、とても久しぶりで、少し緊張しました。そう言って苦笑するが、その目元には隈が出来ていて、泣き疲れた様子を表すかのように目は腫れている。
 ──自分に、己が可哀想だと思われたくはないのだろう、この少女は。家永は感じた。母である小母のことを話す時は心なしか表情は豊かだし、それで不幸せだったなどとは考えたくないのだろうとも思う。

 ありがとうございましたと頭を下げてくるが。それを見て思わず怪訝な表情を浮かべてしまう。少し考えた後、お前さ、と家永は彼女に声をかけた。「家事。できるか」

「え?」
「炊事洗濯掃除、フツーのことだよ。できるかって聞いてんだけど」
「えと……人並みには。母が仕事で家に居ないことが、多かったので」

 それが何か、と恐る恐るといったようすで問いかけてくる。が、その様子を見て。

(こりゃキマリか。突き放したら小母さんに、夜、枕元に立たれるわ。)

 逸陶くん、小母さんはあなたをあんなに可愛がったのに、わたしの娘を突き放したわね、とかさ。──まあ悲しそうな顔で、あの小母は言うのだろうと思う。そう、自分は、あかりの母に、ずいぶん世話になったものだ。そんなことを考えて鼻で息をつき、家永はベンチを立つ。なんとでもないようすで、続ける。

「俺、仕事で忙しくて……あんまり、そーいうの出来ないんだよ。だからさ、住ませてやる代わり、馬車馬のように働け。いいな」
「え……」
「で。約束しろ。此処で、今。俺とだ」
「……?」

 不思議そうに、何処か不安げにあかりは家永を見つめる。家永は真剣な面持ちで咳払いをした後、言う。「死んだ母さんに。小母さんに、心配されないくらい」

「学校のクソヤロー共に馬鹿にされねーくらい、自分を磨け。地味だから暗いから、可愛くないからって、そもそもの自分磨きをしないで、独りよがりになる人間が、俺は。いっっっちばん嫌いだ! 誰だって綺麗になろうと努力すりゃあ、絶対綺麗になれんだよ。その努力は無駄にならねえし、必ず人生の何処かで活きてくるってもんだ。ブスが可愛くなろうといつも笑顔で居るのと、美人が自分が綺麗だからって調子ぶっこいて、いつも仏頂面で居んだったら、俺は間違いなく前者の女を選ぶね。ブスだろーが何だろうが、綺麗になろうと自分を磨いて、笑顔で居る女の方が、間違いなくイイ女だ。あと返事。返事と笑顔で女のよさは決まると俺は思ってる。パーツなんて、二の次なんだよ。胸がでかけりゃ一丁前? 目がでかければ、パッチリ二重なら上等? アホか、世界的にアジア女性は小柄で一重気味の方が欧米受けは特にいーんだよ。日本でたとえそれでも海外行きゃ大和女性もモッテモテだわ、世界なめんな。いいか、わかるな。お前は、学校行きつつ、俺の世話しながら、自分で自分を磨いて生きてく。暗いから、可愛くないからって言い訳したらブッ飛ばす。女だろうがガキだろうが、容赦しねー。卑屈になったらキレっから。わかったな」

 マシンガントークで言い切られ、あかりは呆気に取られ、口を少し開け、ぽかんとし、目をぱちくりさせて──少し紅潮気味に、惚けていたが。

「……えっと、」「返事!」「は、はい!」

 どうやら問いかけることも、今は許してくれないらしい。返事をきちんとすると、それでいい。と、コクリと頷いた彼は、行くぞと言ってずんずん歩き出してしまうので、慌ててあかりもベンチから立って、追いかける。

「あの、家永さん! わたし、染川、あかりといいます」
「知ってる」
「はい。その、家永さんの、下のお名前は……」

「……逸陶」名乗ると、それ以上家へ帰るまで何も会話はなかった。怒らせてしまったかな。あかりは落ち込んでいたが、彼女が心配することなど何もなかった。(ンな顔で強がるからこそ、放っておけねーんだよ。)とりあえず今日から十以上年下の、しかも思春期ど真ん中の女子高生を何処で寝かせるかが問題だな、と。衝動で言ったことについて、さっそく、小さく頭を抱えていたからだ。

next.
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