あなたを満たす魔法

第5話「腫れた瞼の裏で温もる」

 学校から1人で帰る事にも慣れ、今日は何も大きな事されなかった・と、安堵をしながら、ホッとした気分で帰路に着く。けれど、それで“何か大きな事”をされ〝1人〟で泣いている必要も、もう無いのだ。自分には、まだ出会って間もないが、家永が居てくれる。もう、〝独り〟ぼっちなんかじゃない。──

 マンションへの帰り道、今日の夕飯は何を作ろうかなと考えながら、あかりは通学路の商店街へ制服姿のまま、買い出しに寄る。もうずいぶんと冷え込んできているから、温かい食べ物がいいな。そういえば週末には雪が降るとも天気予報でやっていて、家永が嘆いていた事も思い出した。雪の日の出勤は辛いし、美容室にも客足が減るという事らしい。
 元気を出してもらうためにも、美味しいものを作りたい。そう決めると、コク。と自分で納得し頷いて、活き活きとした美味しそうな野菜が並ぶ八百屋へ立ち寄る。手に取った長いもを見て、たしか家にはアレとアレがあったから、あのレシピにしよう。そう品定めしていると「あれ?」と声が耳に届いた。何だろうと顔をあげて辺りを見ると、大根を手にして立っている、家永くらいの歳の男性が2人。自分を見つめていた。1人はこげ茶の髪に少々童顔の顔立ちが印象的で、もう1人は背の高い、少し色素の薄い色をした髪をしたの男性だ。遠くから見て、肌も白く見える──ハーフ? どちらにせよ、2人とも清潔感があって、小洒落たセンスの服装をしている。
 そのままふたりが話していた様子の中で、何だろう、と思うも、すたすた歩いてきて顔を近づけてくる童顔の男性が、「もしかして」と自分を指差す。あかりはビク付き、たじろいたが。

「“あかり”?」
「……は、はい?」
「え、だから、えっと」

「健くんこの子だよ!」家永さんとこの! ──そう言った彼に、どうやら家永の知り合いであるという事を察する事が出来た。明るい気性の茶髪の男性は、色素の薄い男性を“健くん”と呼んでいるが、“健くん”は追いかけ歩いてくると、あかりを指差している男性の指を摘まみ、捻じ曲げた。

「痛い痛い痛い痛ぁい!!」
「女性を指差すなど言語道断。あと初っ端から顔が近い、怯えているだろう」
「ごめんごめん! あーイテェ」

 放された指に息をふきかけながら、涙目だったが。はじめまして、とすぐに笑顔で男性は挨拶をしてきた。「俺ら、家永さんの、高校の後輩ね!」

「あかりちゃんでしょ?」
「は。はい」
「俺、菱山陽一(ひしやま・よういち)。んで、こっちが健くん」
「名渕健路(なぶち・けんじ)です」

 高校時代の後輩……。今の自分の時代を生きた、家永の後輩という事になるが、自分はまだ1年生で後輩が居ない。中学時代も帰宅部で暗かったので、後輩という存在は出来なかったから、どんな感じなんだろうな。少し興味が湧くが、菱山は人懐こそうで社交的な印象的もある。しかし、名渕は少し神経質そうな印象があった。家永さんて、こんなにどこか濃い人たちの先輩だったんだ。少し驚いていると。

「聞いたよ。家永さんの身の周りの世話的なの、してるんだっけ?」
「はい。まだまだ未熟ですが」
「んな事ないって! 家永さん、いっつもあかりちゃんの自慢してるし」
「え? ……自慢?」
「ちょっと暗めで大人しいけど、やる事はきちんとやるし責任感もあるし、何よりメシが、めちゃ美味ぇんだよってさ!」

 菱山はそう言って楽しそうに笑うが、あかりは自分が家永の世話になりだして、1週間ほど経ったものの、すでにそこまで認めてもらえていた事に驚く。確かに彼が褒めてくれる事が少しずつ増えてきている事は、自覚していたけれど。

「偉いね! あんなコエー人の世話してるなんてさ。健くんだったら何度かチビるよ」
「チビるなどありえんわボケ! 女性の前でその愚かな譬えはヤメろ馬鹿山!」

 褒められる事は、なんだか慣れない。くすぐったい気持ちになり、はにかんだ。

「ありがとうございます。……家永さんは、たしかに言動は時々ちょっと怖いですけど、とてもお優しいので」
「ああ。部活んときもスゲー怒られたけど、結局、誰より努力家だったしね」
「部活? ……何の部活動でしょうか?」
「俺らバスケやってたのよ」

 今、健くんは医者だし、俺は家永さんに影響されて、美容関係進んだけど。そう言って菱山は屈託のない表情で笑う。

「やっぱ好きな事に、本気出す大人ってカッケーよな! 俺も家永さんに大学んとき、ガチでカットされてさ。それで、なんかこう……全力の家永さんスゲエ! って思って、一般企業の就職やめて、ネイリスト目指しだしたんだ。で、今はうちのサロンの期待の星ってわけ!」
「へえ……! 革命的な出来事だったんですね」

「まさにね!」手をパッと広げて言う菱山に、自分にもそういった出来事が起こるのだろうか、と少し、あかりはわくわくする。だって、まだ自分は14歳。まだ、家永と出会った事が大きな事であったように、革命的な事も起こるのかもしれない、と。

「その様子だと、きみは家永さんにカットされた事はないのか?」

 名渕に問われ、ええと、とあかりは少し視線を落とす。「週末に、切っていただく予定です」

「マジで! 絶対可愛くなるねー」
「だと、いいです……」
「自信ないの? 俺はあかりちゃん可愛いと思うけど」

 それ以上、口説こうとするなら“あいつ”に言うぞ。菱山に名渕がジト目で言うと、カンベン! 手を合わせて苦笑し、彼は言うが。「でも口説くとかじゃねーって」

「素直に可愛いと思うから。健くんはどうなのよ?」
「普通だ」
「“あの”家永さんが、目ぇかけてんだぜ?」
「普通だ」

 ごめんねコイツ頑固なんだわ。 ──苦笑して言う菱山に、はぁ、とあかりは惚けて冷や汗をかいていたが、自分を“可愛い”と言うのも、“普通”と言うのも、変わっているなと感じたのだ。どこからどう見ても、暗くて陰気な女子にしか見えないのに。せっかく褒められても、そう思ってしまう。

(でも、いい人たちみたい、かな……?)

 きーきーと言い合う2人ではあるが、対照的な性格ながらも、それが逆に良いのかとも思う。自分だって、周りに“いい”と言われたわけではないが、ちょっと毒舌でしっかり者の家永と傍に居て、心地が良い。自分はそれに比べて、臆病で抜けている。反対と言えば反対なのだ。

『あかり。人はね、自分にないものを求めて、他の人々と、繋がりを持つのよ。だから、あなたが臆病で奥手でも、それを求めてくれる人たちは、きっといっぱい居るわ! だから、“他の人”を“諦めちゃダメ”。それだけは胸にとどめておきなさい。受け止めて惹かれあう存在を、いつかきっと見つけるのよ。』
< 9 / 25 >

この作品をシェア

pagetop