桜が咲く前に
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いつもの変わらない朝。
日が昇る前、少し早く家を出たけれど、眠たさなんてひとつも感じなかった。
あるのは焦りだけで。
「…本当に好きなの、好きなんです」
「私に言ってどうする」
箱に入ったピンク色の花と三年生の名簿を長テーブルに置いていく。
卒業式の今日、受付担当の私は昇降口にいた。
つい先日のこと、この担当を決める時真っ先に手を挙げた。一番に卒業おめでとうって言えるかもしれないから。
今頃、付き合ってるか振られてるかだったはずなのにな…
「それにしても今日寒すぎない?まだセーター着ておけばよかった〜
…って、ねえ妃依、顔白く見えるけど、大丈夫?」
「うん、慣れてきた」
「慣れちゃ駄目じゃない!?」
まだ寒くて手がかじかむほどなのに、正装だからってセーター無しで体育館なんて冷蔵庫の中と一緒だ。
朝は千紘先輩のこと以外なにも考えられなかった。今だって寒さで体が震えることよりも、千紘先輩の姿を探すので精一杯。
二年前、先輩もここから一年生を見てたんだなあ。
あの時千紘先輩が二組の担当じゃなかったら、昇降口の端っこで花を付けていなかったら、出会えなかったんだ。
…ホチキスで指挟めて良かった。
こんなにたくさんの人がいて、目が合っただけでも十分すごいことだったんだね。