桜が咲く前に
「10番。久喜千紘」
話したことの無い二組の人に花を渡したあと、すっかり聞き馴染んだ声が降ってくる。
低くて、優しさが詰まったような柔らかい声。
箱から花を自分で取ったのは、私に触らせないためだってすぐにわかった。
「妃依」
「…は、い」
私と目が合って、ふ、と微かに笑う。
「良い思い出たくさんくれてありがとう。妃依がいればさくらんぼの飴なんて要らなかったわ」
千紘先輩が最後にくれたのは今までで一番嬉しい言葉。
良いことひとつめだってくれたさくらんぼの飴を、今日もまた二年前と同じように私の手に乗せた。
…私だって、千紘先輩がいればそれでよかった。
私が良い日だって思ってた日は、全部千紘先輩も良い日だったってこと?
それってすごく幸せだ。
私も千紘先輩に同じ気持ちになってほしい。どれだけ私の中で先輩がいるのか、伝えたい。
なにをあげてもきっと足りない。だから言おうって決めたの。