桜が咲く前に
…目離すのもったいないな。
スマホどこだっけ、と後ろでも前でもなく、廊下の方を向いてカバンを漁っている。
横顔しか見られないのがちょっぴり寂しい。
ピアスの穴、今は一個だけど大学生になったらもっと増えたりするのかな。髪の色だって変わったり。
千紘先輩のこと、ひとつも見逃したくない。
気づいたらこんなに変わっていた、なんて絶対に嫌で、私の隣で少しずつ変わっていくのを見ていたくて。
「…どうした」
静かに席を立って目の前に立つと、それに気づいた先輩は不思議そうに見上げた。
目は合わせられなかった。だって、私がこれから言うこと、恥ずかしくて私じゃないみたいだから。
「ちょっとぐらいなら…さ、触ってもいいよ」
「…何秒?」
「秒…?えと、10秒とか」
カバンが床に落ちた音に気にせずな千紘先輩。実は私もあんまり気にしていない。気にする余裕が残っていないらしい。
今からの10秒だけでいっぱいいっぱい。
まだ言い終わってないのに、千紘先輩は私を抱きしめた。