成人女性
 その日は「蝉事件」として私の夏嫌いを象徴する日になったのだが、この事件は誰も悪くないというのが真相である。
 というのも蝉というものは非常に視力が悪く、ものの判別がつきにくいそうだ。
 家と車道しかない道に背丈百六十センチメートル余の人間がゆっくりと動いているのでは、蝉さんは「お、あれは掴まるのに手頃だな」と考えて、そのことを一心に飛んでくるのである。
 蝉さんからしてみれば掴まろうと思って飛んだ木が忽然(こつぜん)と姿を消すというのは多少なりとも残念なことであろうか。
 一方の私もあらゆる昆虫を好かないたちであり、暑さと格闘しているところに蝉さんがいらっしゃっても何もご馳走(ちそう)してやれないというのが実情であった。
 「蝉事件」以来、私は蝉の声を聞くだけで顔が「イッ」となってしまう。
 先ほどの蚊の話ではないが、木に掴まって朝から夕方まで鳴き続けるのは雄の蝉だけらしい。
 雄の蝉は地上に出て日の目を見てから土に還るまでの僅か二週間で素敵な雌の蝉に出会い命を繋ぐために、あのように一所懸命に鳴いていらっしゃるようだ。
 残念ながら私は雌ではあっても蝉ではなくヒトなので蝉さんのお相手は御免である。

 高校時代の夏の思い出をもうひとつ、こちらが本題である。
 夏は衣替えをして皆半袖で過ごすが、冷え性でエアコンの風が苦手な私は半袖では寒いのでブラウスの上から体操着のジャージを着て過ごしていたところ、いつしか知らぬところで「ジャージの人」という呼び名が付いていたことがある。
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