赤ちゃんを授かったら、一途な御曹司に執着溺愛されました
『……はい』
私は匡さんが好きだから、キスすれば黙ると思ったのだろうか。
だとしたら悲しいと思う気持ち八割とドキドキ二割が胸の中でごちゃ混ぜになり、ひとりうつむき眉を寄せる。
せっかく旅行で楽しかったのに、後味の悪い締めくくりになった。
この時初めて、想い返されていない自分を惨めだと思い、でも、そんな風に考えるのはおこがましいとすぐに考え直し、必死に思考を前向きに強制した。
そばにいられるだけで幸せなんだから、これ以上に望むものなんてないのだ。
使用人のリーダーである滝さんが話しかけてきたのは、過去の自分が匡さんに泥団子づくりを手伝わせていたという衝撃的事実が発覚した翌日午後三時のお茶の時間だった。
「実は私、美織様と以前にお会いしたことがあるんです」
いつもなら、三時ぴったりに私の前にその日の紅茶と焼き菓子を置き、「何かありましたらお声がけください」と言い下がるという、レストランのスタッフのような態度でしか接してこない滝さんの言葉にまず耳を疑った。
え、私、今話しかけられた?と半信半疑で見上げると、滝さんはぎこちなくも微笑みながら私を見て続けた。
「雅弘様と匡様が美織様とお母様のところに出向く際に、何度か同行したことがあるんです。雅弘様が仕事の都合で先にご帰宅される時の、匡様のドライバーとして」
「あ……そうだったんですか」