ママの手料理 Ⅲ
彼は、自分が不安な表情になるだけで何人の人にその感情が伝染するか知らないのだ。


きっとクソホストならぎゃあぎゃあ喚くだろうし、狂犬とクソポリスなら質問攻めにするだろうし、クソガキなら感情移入して精神不安定になるだろう。


そこまで考えた壱は、はっと息を飲んだ。


(違う、こいつ……)




俺だから、湊と1番最初に出会ったのが俺だから、彼が俺に心を許してるから、


この表情を見せられるんだ。




そこまで推理した俺が、もう一度問い掛けようと口を開くと。


「…ごめん、気のせいだから」


瞬きの間に彼はまたいつもの笑顔を作り、力を込めて腕を掴んでいた俺の手をやんわりと解いた。


「気のせいって何だよ?どう考えたっておかしいだろ…何見たんだよお前」


全くもって納得いかず、若干困惑しながらそう尋ねてみたものの。


「いや、上から……ごめん、凄い現実味がない事だから本当に気のせいだと思う。疲れてるのかな僕」


何かを言いかけた彼はすぐに口をつぐみ、んー、と小首を傾げた。


(疲れてるって…俺ら今盗みの真っ最中だろうが)


もっと問いただそうと思ったけれど、そうこうしている内にいつの間にか敵に周りを囲まれていることに気が付いた。


「…おい湊、お前のせいで囲まれたじゃねーか」
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