ママの手料理 Ⅲ
『ああ、どうした』


すぐさま返ってくる言葉は、感情の起伏がない航海の心に優しく染み込む。


「血を目に入れました。でも、もっと覚醒したいので、」


こんなんじゃ足りない。


血で滲む視界を手に入れて尚、満足しない。


確かに全感覚が研ぎ澄まされている感じはするけれど、もっと強くならないと45階にすら辿り着けない。



そして一昨日、具合が悪くなった銀河と話していた際に言われたのだ。


『お前が惨めになる気持ちは、俺が1番理解してる。俺とお前は同じだ、何かあったらすぐ俺に言え』


と。


自分の方が何倍も辛いはずなのに、そんな中でもこんな自分を気にしてくれる銀河は偉大な青年で。


(そう言ってくれたんですから、分かってくれますよね…)


いつの間にか現れたびしょ濡れの敵が発砲してくるのをかわしながら、航海はイヤホンをそっと手で押さえた。



「今から、僕が惨めになるような台詞を言って下さい。もっと覚醒して、確実に敵を全滅させますから」



瞬間、イヤホンの向こうに沈黙が訪れた。


『航海、今何て…?』


この会話が聞こえている湊が、息を切らせながら困惑した様な声を上げる。


『お前今ピンチか?今からそっち向かう、何階にいる?』


優しい琥珀は、航海が窮地に陥っていると勘違いしている。
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