ママの手料理 Ⅲ
「アナタ、mirageノ大也…」


囁くような声で、男が自分の名前を口に出した。


(何?)


俺はそんなに有名人なのか。


何だか嬉しいけれど、今更俺の正体が分かった所で遅すぎる、もうすぐこの男は死ぬのだから。


そんな事を考えながら、俺が片足を引いた時。



「大也、カイブツ……」



聞き捨てならない一言が、男の口から漏れた。



(…怪物?)








瞬間、俺の周りから一切の音が消えた。





身体の火照りが一瞬で消え失せ、代わりに心臓が芯から冷え固まっていくのが分かる。


全身の毛穴が総毛立って、瞬時に鳥肌が立った。





(誰が、怪物だって?)







ずっとずっと小さな頃、初めて男の子が好きだと打ち明けた時に友達だと思っていた子から言われた言葉。


『何それ、怪物みたい』


もうその子の顔も名前も思い出せないけれど、あの言葉と蔑むような声だけは永遠に耳に残っている。



「…怪物かあ」


いくつも鍵をかけて封印してきた黒い記憶が、我先にと外界へ流れ出す。


その鍵を開けた張本人は、紛れもなく目の前に立つアフロヘア男。


(よくも、そんなふざけた事言いやがって)


俯いたまま拳を握り締めると、今までに感じた事が無い程の強い力が身体の奥底から湧き上がってくるのを感じた。


自分の逆鱗に触れたこの男、一発で仕留めてやる。
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