ママの手料理 Ⅲ
「うぇえ?」


思わず奇声を発してしまった俺は、空耳ではないかと隣を見やったものの。


悲しいかな、同じ事を考えていたらしい壱と目線がぶつかった。


『お前、攻防はどうなったんだよ』


鼓膜に響くのは、2つ下の階にいる琥珀の焦りの含む声。


『全力注いだけど無理だ、もう指くわえてパソコンが壊れるのを待つしかねぇ。10分以内にあいつが来れば持ち直せるんだが…』


天才ハッカーは、その異名にそぐわない深いため息を吐いた。


『頼むから早く来い、タピオカ野郎…』



(…えっ、)


タピオカ野郎?


駄目だ駄目だ笑ってはいけない、このシリアスな雰囲気をぶち壊したら一生恨まれる。


そう瞬時に悟った俺は、何とかしてその単語を頭から消し去ろうと強く目を瞑ったものの。


目を瞑ったら、逆にまぶたの裏に大量のタピオカを頭につけた伊織の姿が浮かんできてしまって、


「やっ、…ふふっ、」


間一髪で無線機の電源を落とした俺は、口を押さえてその場で悶絶した。



「…状況考えろよクソ野郎、絶対笑ったら駄目なところだったろうが」


「だ、だってタピオカ野郎って!今までそのあだ名で呼んだこと無かったのに…あーしんどいお腹痛いっ…」


案の定、唯一俺の笑い声を聞いていた壱は、銀子ちゃんとの会話が終わってすぐ俺の方を睨んできた。
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