ママの手料理 Ⅲ
「壱ちゃんやるぅ」


「俺を甘く見んな」


白目をむいて気絶している男の手から銃を取って弾だけくすねている壱に、ただ突っ立っていただけの俺は拍手を送った。



先程のパンチは、俺ではなく壱が繰り出したものである。


俺はただ敵の気分を逆撫でする様な台詞を言っただけで、それに敵が食いついている間に壱がそいつに近付いていきなり殴りかかった、というわけだ。


「不良時代が長かったもんね」


「おうよ」


先程のブラック業界のくだりで目を合わせた時、瞬時にその計画を目だけで俺に伝えてきた壱は凄い。


もしこれが仁だったら、俺は計画はおろか彼の考えすら予想が出来なかったと思う。


無線機の電源を付けてふふっ、と笑った俺は、血が付着して乱れた前髪を手でとかしながら彼の方へ近付いた。



それにしても、仁が壱になった途端に話しやすくなるのは何故なのだろうか。


壱は何処か琥珀と同じ雰囲気を持っていていつも怖い顔しかしていないけれど、ひたすらに笑顔を浮かべる仁に比べたら数倍マシだ。



養護園時代、俺をいつも貶していた仁とは違い、壱は俺を認めてくれた。


確かに壱も俺をからかった事はあるし、何ならその台詞は仁のものより遥かにグサグサと心に穴を開けたけれど、


『お前、髪の毛だけ老けてんの?…あー染めんな染めんな、外出る時はカツラ被っときゃ良いんだよ。その色、お前に似合ってるからよ』


この醜い髪色を褒めてくれた人は、壱が初めてだった。
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