ママの手料理 Ⅲ
しかし現実は残酷で、兄はピクリとも動いてくれない。


頭がこの状況を受け入れられず、自分の呼吸がどんどん浅く速くなっていくのがわかる。


とにかく2人の名前を呼びながら揺さぶるものの、魂の抜けた身体はされるがままに揺らされていて。


「待って、待って待って待って待って…!」


(どうして、何で、ちょっと待ってよ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ)


仁の身体に震える手を当てた俺は、涙を流しながら動かない胸に顔を押し当てた。


「うわあぁぁぁぁあっ…」



泣き叫んだ、ありったけの声で叫んだ。


仁が俺の前から居なくなる事を心待ちにしていたのに、それなのに。


どうしてこんなに悲しいんだろう、どうして涙が止まらないんだ。


仁との思い出なんて最悪なものしかないのに、こういう時に思い出すのは、


『おかえり。随分遅かったね、寝ずに待ってたんだから責任取ってよね』


バイトや公園に行っていて夜遅くに帰宅した時、湊と一緒に出迎えてくれた優しい姿や、


『ほら、お粥だけでも食べな?君には元気になって貰わないと困るんだから』


熱を出してダウンしていた時、積極的に看病してくれた頼もしい姿ばかりで。


壱に関しては、もう言うまでもない。
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