undercover
 ──後ろから、艶めかしく身体に手を這わせられ、そのまま抱きしめられる。抱き寄せられた佳乃の細い身体は、しなやかに湾曲した。次の瞬間、肩の骨も砕けそうなほど激しく抱きしめられたことに、目を見開きハッとしたが、氷渡は日々のサッカー練習で締まった身体をすり寄せつつ、耳もとで露骨な言葉をささやく。

「ごみが目に入ったら、ごみのせい。でも、違うね。それって、たぶん……」
「せ、んぱい」

俺・だよね。──朗らかに微笑んだ笑い声。濡れそぼった吐息が耳元にかかり、そこが弱い佳乃は身をよじらせ、初めての感覚に瞳を閉じ、一瞬にして身体中を朱に染める。思わず、咽喉を鳴らした。艶やかな色音に、何が何だかわからないことと同時に、直ぐ離れないと“どうにかなってしまう”と思い、佳乃は振り返ると氷渡の胸板を押して逃げようとする。しかし、その細身の何処にそんな力があるのかという強さで引き寄せられ、驚くほど柔らかな唇の感触を自らのそれに感じたかと思うと、ほぼ強引に自分は氷渡に口づけられていた。
 いまさらになって、15年間育ててくれた親への背徳感。公共の場所での、誰に見られしまうかもわからない恐怖を憶え、佳乃は歯を食いしばって首を振って離れようとするが、舌で歯茎を舐めまわされ、気がおかしくなってしまいそうだった。あまりのセクシュアルな行動に驚き隙を見せると、口内には熱い唾液が注がれて舌を挿れられ、丹念に歯の列を撫でられ歯茎まで愛でられる。
 おかしくなる。おかしくなってしまう。気がつけば涙さえ浮かんでおり、逃げ出そうと視線を持ち上げれば、そこには窓から注ぐ夕日に照らされながら、琥珀の誘惑が自分をいざなうように氷渡に注がれていた。まさに“生ける美”とも言える美しさだ。佳乃の潤んでいた瞳が揺らめき、逃げたい・逃げなきゃ・と思う反面、こうしたかった。この先輩を望んでいた。と、ふしだらな考えが浮かんで、己への酷い嫌悪感を感じて眉をひそめる。

 そっとキスをやめる氷渡に、佳乃は真っ赤になって恍惚とした目で、逆上せてしまったかのように、彼を見上げていた。淫猥に、唇と唇に透明な橋がかかる。今、逃げなきゃ。逃げなきゃ、自分が何処か知らない場所へ・さらわれる。そう思うも、身体と脳は別物で、佳乃は“それ以上のコト”を望むように、氷渡の胸板に熱を帯びた手を置き、やがて彼の胸へ頬を寄せていた。
 心臓の上に耳をつける。ドクン、ドクン、と爆発してしまいそうな大きさの鼓動は、普段クールで優しい氷渡からは想像の出来ないほどの速さで、胸が熱くなる。もうこの心音を聴いただけで、佳乃は涙を浮かべて卑怯者である自分を疎みつつ、氷渡のシャツを握りしめて、言う。

「好きにしてください。忘れたい。」

──無理なことは、痛いほどわかっていた。氷渡への想いが、簡単に掻き消えるわけがない。それは、たとえ唯一のチャンスで身体を重ねたとしても。好きで仕方がなく、名を呼ばれるそのフレーズと声を思い出し、思いやりを施されるたび、1人・毎夜、自分を慰め続けていた。そんな存在が、たとえ身体を求めてくるということだけでも、既に佳乃にとっては奇跡であり、悲劇である。

 傷つけるつもりも、傷つけられるつもりもなかった。
 ただ、出会ったときから同じ匂いを感じて魅かれたということは、紛れもない事実。

「佳乃。忘れなくていい」

 俺を、忘れないで。「刻み付けよう。だから」、だから・抱かせてくれという無言の言いかけ言葉に、佳乃はコクリと頷き、よくわからない悔しさと歓喜のあまりの涙を浮かべ、やがて白い頬に伝わせる。

 ──氷渡は眩しく微笑み、佳乃の唇に自分のそれを押し付け、貪るように口づける。ぴちゃりと音が卑猥にすると、佳乃はさらに妙な気分になる。女の舌とは男に誘われて優しい生き物のように入ってくるようで、舌を差し込まれると、どうなってもかまわないと佳乃もそれに絡めた。縦横無尽に口内を暴れまわる互いの舌のせで、2人の口元は唾液まみれになり、ぬらぬらと光る。何より、佳乃が献身的に慣れないながらも必死にキスを頑張った。氷渡の上手く与えたものよりも、もっと強く応えようとする、激しくて誠実なキスだ。
 ロッカーに背を預ける佳乃を前に、片手ではそこに手をついて、片手では制服のシャツ越しに胸を揉みしだく。別段大きくもないが、小さくもない。1つ1つ丁寧にボタンを外し、見えてきた水色の下着は、白くて艶のある胸を頼りなさげに包んでいた。佳乃は言う。「あんまり見ないでください」、視線を外し、目を伏せて恥ずかしげに。けれど。

「何故だい」

 氷渡は、少しだけ男性にしては長い前髪を揺らし、瞳をちらつかせる。彼の両目とも、間違いなく佳乃の身体を捉えていた。

「こんなに綺麗なのに、どうして」
「……わたし、胸ちっちゃいし……」
「そちらの方が、感度は良いらしいよ」

下着越しに、そっと乳房を包み込みだす。ビクついて、潤みだしていた、心から洪水のように羞恥と快楽(けらく)が溢れてくるから、必死に“何か”を堪えた。彼の指先が、指の腹が、掌が触れゆくその光景。だめだ、やっぱりこの人の方が美しすぎる。我慢出来ず、耳まで真っ赤にして佳乃は両手で顔を覆おうとしたが。ぱし、と少しひんやりした氷渡の手──ロッカーに手をついていたそれに、両手とも取られる。

「全てとは、言えない」

 白魚に見えて、無骨な男の指が、センターホックに指をかける。

「けれど、何故だろうね」

「こんなにも、お前の泣き顔に、疼きだす」。指を鳴らすようにホックをはずすと、白くも天辺で固く芽吹いたもの、双つが零れ落ちる。佳乃の言い知れぬ背徳心は、やがて恐ろしさに変わりだす。好きな人なのに。求め続けた人なのに。これを望んでいたのに。──
 感想を述べられるわけでもなく、制服を一枚一枚剥がしてゆくたび、身体中に口づけられて声がたまに漏れた。少し薄く、けれど花弁のような唇は、先ほどのキスの唾液で光っている。リップ音がすると、身をよじらせて佳乃はその都度さらにさらにと身体を桜色に染めてゆく。
 氷渡の指は、やがて直に佳乃の胸を揉みしだいた。気がおかしくなると思うほど恥ずかしく、それだけで狂いそうに気持ちがいい。もっと強引に、力づよく、けれどやさしさを込めて揉んでほしい。そう思い、首を少しだけ傾げて瞳を細めて感じてしまうがゆえに息遣い荒く居ると、掴まれていた手をそっと放されて。

「スカート。……あげてごらん」

 ほら、出来るだろう? ──そういった様子で、試すように見つめられた挙句言われたので、佳乃は歯を食いしばって涙をじんわり浮かべて首を横に振る。

「恥ずかしいです」
「情事シーンの多いドラマを毎週観ている子が、言う台詞じゃないね」
「自分ですることとは……わけが違います……」

そう言って訴え、上目づかいで懇願すると、わかったよと苦笑した氷渡は太ももに手を這わせる。ビクついてきゅっと目を閉じたが、腹が立ちそうなほどのスローなスピードで、じりじりとスカートの中へ手を入れた。そのまま、手首を少し持ち上げると、上の下着──ブラジャーと一緒の水色のショーツへ触れ、前置きもなしに薄いそれ越しに芽へ中指を這わせると、佳乃は目をむいた。自分で触れる時とは、わけが違う衝撃、気持ちよさ。はあっと荒く息をし、深呼吸をすべく視線を落とすと、氷渡のスラックスの股間部分も起き上がっているようだった。興奮、してくれてるんだ。奇妙な嬉しさが生じ、自分の下半身に酔いしれている彼のその場所へ、そっと触れると。

「熱い……」

 不意に呟くと、氷渡は動かす手を止めた。

「それはまぁ、雄だから」

 ──雄。知らない彼を垣間見たような、ぎらついた性欲が瞳に宿っていると感じ・また、恐怖。けれど、興味をそそられないわけがない。自分でも心底驚いたが、氷渡の下腹部を撫でたと思うと、佳乃はすべらせ股間をスラックス越しに撫でる。

「先輩の……」
「……ん」
「これ……欲しい」

 煙る視界は、酔っているからだろう。佳乃がここまで積極的であることに驚いていたのは、氷渡だけでなく、誰より自分だったのだ。

「まだ。ダメ。」

 氷渡はそう言った後、直ぐに佳乃の乳房に舌を這わせた。ビクンと反応した佳乃は目を見開き、口を押えて必死に声が漏れることを堪える。目の前の彼はそれを見て、満足げに笑い乳首を啜って嘗め回す。声が。声が、出る。誰が来るかもわからないこの場所だからこそ、佳乃は恐怖に怯えて。けれど誰より背伸びをしている自分に気が付き、乾いていた心が疼くから・嘘がつけないんだと自分に察する。
 散々乳房を揉みしだかれ、身体中キスをされ続けると、首もとにきりりとした痛みが走る。氷渡が口づけた場所だ。キスマーク、つけられた。そう思うだけでカッと身体の底から熱が生まれ、荒い吐息となって口から吹き抜けてゆく。触れられるたび、背伸びをしていた自分の衣が剥がされては、大人の女に変わりゆく。これ以上は、いけない。先輩には、恋人が出来たばかりだ。──わかっているのに、離れられない。突き飛ばすことなど出来るわけがない。

 ダメなわたしを許してほしい。そう思った矢先。

「えっ」

バタンとロッカーの扉を開き、氷渡はそこへ佳乃を押し込んだ。何、と惚けていると、氷渡も狭いその空間に入り込んできて密着し、扉を閉める。何、何、何なの。佳乃は問いかけようとすると、口を手でふさがれた。そして、何故氷渡がそうしたのかは、直ぐにわかった。

「氷渡くん?」

 見慣れた女子生徒が、部室に入ってきたのだ。それは、部の練習中によく氷渡へ差し入れをしにきていた人物で、佳乃も話したことが、少なからずある。ああ、あの可愛い人が恋人になったんだ──佳乃は直ぐに察した。しかし、この体制と服装、状態は、まずすぎると手に汗を握る。自分は制服を脱ぎかけていて、氷渡はその身体に手を這わせているのだ。浮気どうこうというより、風紀の乱れということで学校側に報告されたら、ただではおかないだろう。どうしよう──眉をひそめ、そっと氷渡を見上げると。大丈夫。彼の口はそう動いており、熱を帯びた吐息が顔にかかった。そして、彼の指はこのマズイ状況など知らないといった様子で、佳乃のショーツの中へ滑る。
 何考えてるの、この人。何してるの、この人。心底思った。目をむいて、いやいやと首を横に振るが、氷渡は伏し目がちに自分を見つめた後、キスで唇を塞いでくる。そのとき、佳乃の花園に隠れていた芽に、指が触れる。電撃が走ったかのような快楽に息が止まりそうだった。けれど、声を出してはいけない。何故って。

「氷渡くん。居ないの?」
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