没落令嬢は今日も王太子の溺愛に気づかない~下町の聖女と呼ばれてますが、私はただの鑑定士です!~
「でね、そのお客さんが唐辛子をたっぷり練り込んだパンを作ってほしいって言うのよ」
「そんなに辛いものが好きなの?」
「ううん。喧嘩中の夫の朝食に出すんですって。だから私、唐辛子の代わりにドライチェリーを入れたのよ。うちのパンがきっかけで離婚沙汰は嫌じゃない」
ルネは明るく笑っていて、結婚詐欺師のブライアンと別れてからも元気だ。
『なんで私があんな男のために暗くならなきゃいけないのよ』
心配するオデットを豪快に笑い飛ばした彼女だが、当分恋愛はしないとも言うので傷は浅くないだろう。
友達のためにできるのは、いつも通り楽しい時間を共有することくらいなので、オデットは笑みを強めた。
「ドライチェリーのパン、美味しそう。そのお客さんの旦那さんは喜んだんじゃないかしら?」
「当たり。おかげで仲直りできたって報告に来てくれたわ」
「よかった!」
両手をパチンと合わせて喜んだ後は、視線が自然と窓の外に向いてしまう。
それに気づいたルネが、目を弓なりにした。
「王太子殿下、早くいらっしゃらないかしら……って思ってるんでしょ?」
「ル、ルネ。ここではジェイさんと呼ぶ約束よ」