没落令嬢は今日も王太子の溺愛に気づかない~下町の聖女と呼ばれてますが、私はただの鑑定士です!~
黒縁眼鏡をかけていて簡素な綿のシャツに黒いズボンと革靴という姿は庶民的だが、立ち姿にどことなく気品が感じられた。

「やあ、オデット」

「え?」

親しげに声をかけられてオデットは戸惑う。

(どこかで会ったような気もしなくはないけど……)

記憶を探りつつ首を横にゆっくりと傾げたら、彼が苦笑した。

「俺の顔を忘れてしまったのか。それなら、こうしたら思い出せる?」

貴族的に優雅な仕草で手を取られ、甲に口づけられた。

驚いてオデットの鼓動が大きく跳ねると同時に、やっとジェラールだと気づく。

印象的な黒縁眼鏡と庶民的な服装は変装だろう。

目を丸くして王太子殿下と呼ぼうとしたら、唇に人差し指をあてられた。

「俺はジェイ。そう呼んで」

ジェラールの頭文字を取ったのだろうか。

ウインクつきで呼び方を指定され、オデットは驚きの波が引かないままに首をこくこくと縦に振った。

(お忍びなのね。でもどうしてカルダタンに? お買い物ならロイヤルワラントでするものじゃないの?)

ロイヤルワラントとは、王家御用達の称号をもらっている格式高い店のことである。

< 29 / 316 >

この作品をシェア

pagetop