没落令嬢は今日も王太子の溺愛に気づかない~下町の聖女と呼ばれてますが、私はただの鑑定士です!~
宝石箱を棚に戻したその時、誰もいないはずの店内で後ろから伸ばされた手がオデットを抱きしめた。

「キャアッ!」

驚くオデットの耳元で、響きのよい声がする。

「素敵な君を迎えに来る男は俺だからね。それまで誰のものにもなってはいけないよ」

「殿下?」

鼓動を弾ませて振り向けば、黒縁眼鏡と庶民服で変装したジェラールがいてハハと笑う。

「こらこら。今の俺はジェイだよ。ブルノさんが出かけていても、呼び方を間違えないよう習慣づけて」

ブルノの外出を知っているということは、入れ替わりに入ってきたのだろう。

ドアベルの音が鳴らなかったのはそのせいだ。

「ジェイさん、驚かさないでください。心臓が逃げ出してしまいます」

胸に手をあて呼吸を整えれば、大きな手に頭を撫でられた。

「ごめん。オデットがあまりにも可愛いことを言うから抱きしめたくなったんだ。お詫びにこれを」

彼が無造作に胸ポケットから取り出したのは女性向けのデザインのブローチだ。

小粒ダイヤが取り巻く中心には、オーバルブリリアントカットが施された真っ赤なルビーが輝いている。

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