ティアドール
「速水くん」

沖縄本土の最南端のとある場所で、霧島は潜水艦の前にいた。

「お義父さん。心配しないで下さい。浩也は必ず、私が育てて見せます」

日本軍の軍服を着た男は赤ん坊を抱きながら、霧島の前に立ち、微笑んでいた。

「しかし、娘のことだけではなく…私が亡命したとなれば…君の立場も」

潜水艦を目の前に立ちながらも、まだ躊躇っている霧島に、速水と呼ばれた男は笑顔で言った。

「私は、日本を愛しております。そして、妻も、この子も!勿論、妻が生まれた国もです。今は、相いれないことになっておりますが必ず、再び世界は平和に向かうと信じております」

速水は、霧島に向かって、敬礼をした。

「速水くん」

「どうか、お体に気をお気をつけて!お元気でお過ごし下さい」

「あ、ありがとう」

霧島は、深々と頭を下げた。

それが、義理の息子と孫の最後の会話となった。

もし、あの時…霧島が亡命しなければ、速水は…陸奥のパイロットになっていたはずであった。

結果…彼は、陸奥のパイロットにはなれなかった。

(彼が、どうなったのか…私は知らない)

独自に入手した資料にも、彼の名前はなかった。

(私は…)

霧島は写真を見つめながら、常に確かめていた。

(間違ってはいない。あのまま…日本だけに、フィギュアを独占させていたら、とんでもない事態になったはずだ)

そこまで言ってから、霧島は写真の真ん中で座る娘を見つめ、

(しかし…最後のフィギュアは、動いてしまった。あれをどうにかせねばならない。せめて、その機体のパイロットが、速水くんのような人物であればいいが…)

そこまで考えてから、霧島は写真から目を離した。

すると、表情が変わった。

机の上にある電話に手を伸ばすと、受話器に向かって叫んだ。

「新たな試作機の準備に入る。格闘戦を前提にした機体だ。一機ではなく、三機で確実に、仕留めるようにする。今ならば、まだ完全ではないからな。あのオリジナルフィギュアはな」

そして、受話器を置くと、机の上にあった手書きの設計図を握りしめ、再び部屋から出て行った。
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