雨の夜に
取り憑いた彼女を連れたまま、校舎を出た。
校門の外に出てしまえば、彼女を縛り付けていた枷は外れる。
「ごめんね、狭苦しかっただろう。もう何処でも、好きなところに行けるよ」
「……」
「どこか具合でも悪いの?」
「──わたし、あなたと居たい」
おずおずとした声が、耳の奥に響いた。
「だめ……ですか?」
何故だか、身体がぽかぽか温まるような感覚がした。
「いいよ。君さえよければ、僕のそばにいて」
満たされたら、いつでも離れていっていいから。そう心の中で付け足した。
「──瑠璃」
彼女が、急に呟いた。
「わたしの、名前。名前で呼んでくれると、嬉しい」
霊を名指ししたり、霊に名乗りを上げることが好ましくないことは、勿論知っている。「縁」が生じて、霊が離れて行き辛くなるからだ。
相手が悪霊の場合、最悪憑り殺される恐れすらある。
でも……、
「崇」
さらりと、言葉に出した。
「僕の名前、崇っていうんだ。君の名前だけ聞いておいて、僕の名前を教えないのは不公平だからね」
「崇、さん……」
「よろしく、瑠璃」
そう話しかけると、何かがキュッと、右手の袖を掴んだ気配がした。
雨はまだ降り続いていた。
でも、春の陽だまりのような暖かさを感じながら、雨に濡れる夜道を歩いて行った。
[おわり]