真田、燃ゆ
「それはな」と、幸村は悪戯を見つけられた小児のようにはにかんで、
「父上が身罷られる折、こう言い遺されたのだ。少々悪戯が過ぎたが、これも良かろう、と。何のことかとずっと考えておったのだが、大坂からの使者を前にして、漸くその意味が分かったのだ」
「……」
「関ヶ原の折、父上は徳川に敵したが、別段豊家に忠義だてをした訳では無い。徳川を斃せば、また戦国の世に戻る。さすれば信濃も甲斐も切取り自由、ことによっては武田の版図を自分が再復出来るやも知れぬ。そんな事を考えて居られたのだろう、と」
幸村は笑った。
「何を子供じみた事を、と嗤うだろうが、人は今際の際になると、子供に立ち戻るのだ。幼き日に立ち戻って、何かやり残しは無いかと周囲を見渡してしまう。そして、儂のやり残しは何かと自問してみて、気付いたのだ」
幸村は真っ直ぐこちらを見て、語った。まるで、お前だけには分かって欲しい、とでも訴えるように。
「あの日より磨いて来た自らの兵法を、存分に試してみたい。今一度真田の旗を立て、知略を尽して兵を進退させたい。心の底から、そう思ったのだ」
幸村は、少年のように上気した貌をしていた。
今なら分かる。
これが、この男の本当の貌なのだ。
遠き日の涙と共に、心の奥底に封印してきた、この男の真実の貌なのだと。
幸村は軽く微笑み、言葉を継いだ。
「儂は、今した話をそっくり家臣達に伝え、大坂へ行くも上田に還るも好きにしろと云った。家臣達は皆、笑って儂に付いて来てくれた。罪深いことだが、儂の最後の我儘として、赦して貰う他ない」
足軽や忍びの端々にまで心を配る大将と、その大将を深く敬愛する家臣達。
そしてその男は、身命を顧みず、純粋に自らを戦場に投じようとしている。
真田は、強い。
一体誰が、この男を止められると云うのか。
心の底が沸き立つような想いを感じながら、だがそれとは別の、微かな疑問を口にしていた。
「何故そのようなことを、私に……?」
幸村は一瞬表情を変え、僅かに天を仰ぐと、やがて静かに視線を戻した。
「儂を守って死んだあの女子、名を楓と云った。それどころか、顔や身体付き、声音まで生き写しだ。不思議なことも、あるものよ」