真田、燃ゆ
幸村の腕に身を委ねながら、「何で自分が……」と、理不尽さを感じてもいた。
人の命を奪うことに躊躇いは無い。
ただ、幸村ほどの武将の命の対価が、自分如きではあまりに不釣合いではないか。
密命を告げられた時、こちらの心の動きを察したように、忍び頭はこう言葉を足した。
「幸村を亡き者とするため、冬の陣の前から各組の名だたる忍びが放たれてきた。伊賀からも、甲賀からもだ。だが、還って来た者は一人として無く、幸村は未だ大坂で牢人共を差配している」
だから、何でそんな人外の魔物を狩る役が自分なのだ。成算も何も無く、思い付いた策を手当り次第に試しているようにしか思えない。
徳川の謀略の余裕の無さを見せつけられたようで、心は鎖で繋がれたように重かった。
しかし、忍びは主命が全てだった。
近隣の町家の娘を装い、牢人武者の世話役として城に奉公に上がって、城内で手引する者の力を借り、漸く幸村の奥女中の一人として近侍出来るようになったのは、もう梅雨も明けようかと云う頃だった。
それから機会を待ったが、幸村と云う男は色欲が乏しいのか、自分を含め、凡そ寝所に女を呼ぶような真似をしない。
その周囲には、眼光鋭い武士達が、片時も離れず近侍していた。
無駄に時間だけが過ぎ、焦りと共に暦を数えるうちに、遂に東西が再び手切れとなり、受けた密命も意味を成さなくなった。
既に大坂が臨戦態勢に入っている以上、いまさら幸村を暗殺したところで戦は避けられないし、何倍にも厳しくなった警護の眼の中で、暗殺など出来るものでは無かった。
戦に巻き込まれない内に城外へ出ようと思案を重ねていたところ、急に奥の女中頭に呼び止められ、こう告げられた。
「今宵、お館様の夜伽をお勤めするように。お館様からの直々のお声掛かりです」