真田、燃ゆ
幸村の指先が帯を解いて、白い素肌が露わになった。
幸村の所作に喘ぐ振りをしながら、そっと右手を頭の後ろに廻したその時、
気配が闇の中に突然現れた。
「動くな、その髪の中の物に触れてはならぬ」
首筋に冷たい剣先が当てられ、身動きが取れない。全身総毛立った。
闇の一部が剥がれ落ちて、闇から生み出されたかのような男。
手練の忍びだ。
首筋に触れる剣先から、霜が降りるほど冴えた剣気を感じる。恐るべき遣い手だった。
「名だたる忍びが何人も返り討ちに遭っている」
そう聞かされた時に、この男の存在は想定しておくべきだった。
死を覚悟した。
だが幸村は、平生と変わらぬ声音で、
「捨ておけ、才蔵。儂はこの女子に夜伽を命じた」
ではこれが、世に名高い真田の戦忍びの棟梁、坪井才蔵か。
自分如きが逆立ちしても敵う相手ではない。そう悟ったら、急に全身の力が抜けてしまった。
「酔狂が過ぎまするぞ、殿」
「捨ておけと云った」
穏やかだが、有無を云わさぬ幸村の口調に、才蔵は暫く黙していたが、やがて再び、闇の中に溶け込んで行った。
才蔵の気配が消えると、溜息と共に、諦めの言葉が零れ落ちた。
「──何時から気付いて居られたので?」
「そなたが城内へ入った時からだ。新附の者など、八割方徳川の息が掛かっておるからな」
今更気にも留めぬわ、と、幸村は小さく笑った。
正体を見破られた以上、自害するのが忍びの掟だが、何故だかそんな気になれない。
「私を、どうなさるおつもりで?」
「儂に、抱かれるのは嫌か?」
純朴な若侍に、真正面から言い寄られているようだった。
もはや心も身体も、抗う気力が失せていた。