契約夫婦を解消したはずなのに、凄腕パイロットは私を捕らえて離さない
「どうぞごゆっくりお過ごしください」

 丁寧に頭を下げて女将は部屋から出ていった。

「今後はわからない、か」

 ぽつりと呟きながらわらび餅を口に運んだ。手作りのわらび餅はきなこと黒蜜との相性が抜群で、口の中で蕩ける。

 おいしさを堪能しながら、頭の中は誠吾さんのことでいっぱい。

 誠吾さんが私に契約結婚を持ちかけた理由は、祖父のためだった。その祖父の最期の願いは彼の幸せだ。

 それなら私にできる恩返しは、できるだけ彼に関わらないことではないだろうか。

 この先、もし彼が運命の相手と出会うことができたら、きっと元妻の私の存在はその相手を不快にする。

 それにずっと今の関係を続けていたら、私が誠吾さんとただの同僚という関係に戻れなくなりそう。

「悪い、待たせて」

「いいえ、すみません先にいただいています」

 電話を終えて戻ってきた誠吾さんは、懐かしそうにわらび餅を見つめた。
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