君との恋の物語-mutual dependence-
決断
目が覚めてすぐ、まず私はしっかりと顔を洗って、歯を磨いた。

それから着替えて、出かける準備をする。

薬を飲んでいたとは言え、眠ったのはかなり早い時間だったので、目が覚めたのもすごく早い時間だった。

それでも、外は明るくなり始めていた。

外が明るいだけなのに、昨日よりは冷静に考えることができたと思う。

昨日の夜は、本当に良くない考え方をしてた。

詩乃は、忙しいながらもできる限り私の近くにいてくれたし、ちゃんと向き合ってくれていた。

ちゃんと向き合えてなかったのは、いつだって私の方だった。

これは、私が全部悪いとか、そういう投げやりな考え方じゃなくて。

私の方こそ、上手くいかない理由を全部詩乃に押し付けてたなって思う。

でも、私には、こんな自分を変える方法がわからなかった。

ううん、わからないふりをしてた。

答えは、簡単。でも、私にとってあまりにも辛い選択だったから、自分からは言い出せなかった。

でももう、このままじゃだめ。このままじゃ、詩乃だっていつかは私から離れて行ってしまう。

そんなの、絶対耐えられない。

だから私、1人で立っていられるようにならなきゃ。

詩乃は、付き合い始めるときに、『立ち上がれるまで一緒にいる』って言ってくれた。

そして、実際ずっと一緒に居てくれてる。

それでも立ち上がれないんだもん、それは、私が甘えすぎなんだよね。

ごめんね、詩乃、私、ちゃんと立ち上がれるように頑張るから。


ねぇ、私。しっかりしてよ。今日は、ちゃんと冷静に考えることができているでしょう?

その調子だよ。詩乃と、ちゃんと話すんだよ。

いつもみたいに、自暴自棄になっちゃ駄目だからね。



考えがまとまったところで、ちょうど朝ごはんの時間になった。

両親は、1人で起きてきた私にホッとしたみたい。

ごめんね、いつも心配かけて。

詩乃とのちゃんと話をしたら、両親にも話さないとだ。

朝ごはんを食べたら、もう一度頭の中を整理する。

それから、詩乃に電話を掛けようとする…

掛けようとするんだけど、できない。

怖い。

詩乃は、もう電話に出てくれないかも知れない…

いや、そんなわけないよ。だって、私の彼氏だもん。

そんな、わけ…

何度も自分の中で葛藤した。

でも、ちゃんと向き合わなきゃ…



そんなことを繰り返して、結局電話ができたのは11時頃のことだった。

発信ボタンを押して、耳に当てる。



よかった、コールし始めた。

……

………

…………

……………

5コールを過ぎると、不安になってきた。

………………

…………………

……………………

もう切ろうかなって思ったところで

『もしもし』

出てくれた。声が掠れている。

「もしもし」

もしかして、寝起き?

「あ、ごめんね、いきなり。」

なんとかこれだけは言えたけど、すごくぎこちなかった。

『いや。どうした?』

「うん。ちょっと、連絡取れなかったから。」

だめだよ、それは私のせいでもあるんだから…

『うん』

沈黙の中に重苦しさを感じた。

「…怒ってる?」

『いや。』

ぶっきらぼうに、一言だけ返された。

「そう…」

どうしよう、会って話なんて、できるのかな?


『怒ってはない。でも、話はしたい。』

え?話?

「それって、どういう?」

思わず聞いてしまった。今聞いたってしょうがないのに。

「わかった。話そ。私も話したい」

『いつにする?早いほうがいいだろう?』

いつにするって…

「うん。詩乃、仕事は?」

それで連絡取れなかったんじゃないの?

『落ち着いてる。だから、いつでもいい。メールに書いたと思うけど。』

またぶっきらぼうに言われた。

そっか、メールくれてたんだ。

「ごめん。」

全然見てなかった。

『で、どうする?』

謝ったことに対して、なにも言われないと、途端に私は不安になった。

「今日、授業は?」

でも、話はしなきゃ。

『午後からある。でも、出席は問題ないから、今日なら何時でもいいぞ』

迷ってなんか居られない。

「わかった。じゃぁ、今から行っていい?」



ということで、今から行くことになった。

準備はできているし、すぐに家を出る。

久しぶりに外に出たら、なぜかそれだけで不安になった。

私は、なるべくなにも考えないようにした。

考え始めたら、不安と緊張に押しつぶされそうだった。



1時間後、詩乃の部屋の前についた。

何も考えずにインターフォンを押す。

出てきた詩乃に、用意していた言葉をかける。

「ごめんね、急に」

取って付けたような言葉でも、黙ってしまうよりはいいと思った。

『いや。コーヒー淹れて行くから、先に座っててくれ。』

この時間が、一番苦痛だったかも知れない。

今すぐ部屋を出て帰りたい衝動に駆られる。



『待たせたな。』

頭の上で、詩乃の声がした。

「んん。ありがと」

なにも言えない。顔も見られない…

『体調はどうだ?』

俯いたままでもいい。ちゃんと答えよう。

「うん。大丈夫。」

『そうか。』

さぁ、頑張れ私。ちゃんと、話すの。

詩乃の言葉を待ってちゃだめ。



「私、色々考えたんだけど…」

だめだ、もう涙が出てきた。

『うん』

ちゃんと言うの。

落ち着いて、私。

「私…」

続く言葉が出てこない。

「本当は、もっと早くに話し合いたかった。」

できれば、こんな結論を出したくなかった。

『うん』



「でも、気付いたら、なんか言いたい事がどんどん言えなくなっちゃって…」

違うでしょ?そんなこと言いにきたの?

「一昨日も、本当は、帰りたくなくて。忙しいのはわかるけど、ただ一緒にいたかった。」

そうじゃないって。

「でも、一緒にいたいって言えなかった。」

わがまま言ってたのは、私でしょ?

「だって、私のために帰りなさいって言われたら…」

駄目だって。最初からやり直して。

「ねぇ、一緒にいたいって思うことは、そんなにわがまま?」

『そうじゃない』

これじゃまた、ただ詩乃に感情をぶつけるだけになってしまう。

『俺にも、都合はある』

ほら、だから言ったじゃん。詩乃にだって限界があるんだから、甘えすぎちゃダメって言ったじゃん。

「そうでしょ?詩乃の都合でしょ?私は、別にそれが嫌なんて言ってない。でも、なんで私のせいみたいに言うの?」

だめだ、思っている通りに話せない。まるで全然違う人が喋ってるみたい。

『さぎりのせいにはしてないよ』

だめだって、それ以上言ったら…

「でも私は…私のためって言われたら、帰るしかないじゃない」

もうやめて……

『じゃ仮にだ。あの日帰らなかったとして、体調を崩さずにいられたか?』

止まって…

「わからない。そんなの」

『だからだよ。』

顔を上げて、詩乃を見た

「え?」

『いいか?責めてるわけじゃないからな?』

詩乃は、そのまま続ける。

『さぎりは、今ちょっと調子を崩してるだろ?それは、全然悪いことじゃない。でも、調子を崩すって言うのは、自分の限界値っていうのかな?それがわかってないから起きるんじゃないか?だったら、周りにいる人が、さぎりのことをよく見てようって、無理してそうなら、休ませてあげようって、そう思うのは当然じゃないのか?誰が悪いとか、誰のせいとか、そんな話じゃないだろ?』

「だけど、私は一緒に居たかったのに。ただ一緒にいたいだけなのに。」

これは、本心だ。そう、話しているのは、他の誰でもない。私なんだ。

『それはわかるけど、あの時さぎりは顔色がよくなかったし、夕方に用事があるとも言ってた。その上俺も仕事が忙しかった。なにか一つが原因じゃないよ。』

「じゃぁなんで次の日も電話に出てくれないの?メールだって返してくれないし」

話し合いたいなら、自分の言葉は自分で選ばなきゃ。

『電話に出られなかったのは仕事が忙しかったからだ。それに、メールは返しただろう?』

ちゃんと考えなきゃ。

『こうやってなんでも答えれば満足するのか?こう言う話をしたくてここにきたのか?』

「じゃ詩乃はどんな話がしたかったのよ?」

ちゃんとコントロールしなきゃ。

『すくなくともこんな話ではない。俺たちの今後についてだ。』

「なに?別れるの?」

駄目。言葉を選ばなきゃ。

『さぎりこそ俺とケンカしにきたのか?少し落ち着けよ』

そう、落ち着かなきゃ。このままじゃ本当に

「なんで詩乃はそんなに冷静なの?私がどういうつもりで」

『さぎりが感情的になってるからだ。2人とも感情的になっても話し合いにならないだろ』

「そうやってまた私のせいにするの?」

『してない。落ち着けって言ってるだけだろ』

黙ろう。一回言葉を飲み込まなきゃだめだ。こんなの、私じゃない。

『そうやって感情をぶつけてくることも、俺が全くダメージを受けてないと思うか?』

そうだよ。詩乃はいつだって優しい。でも、傷つかないわけない。

『感情のままに言葉をぶつけられれば傷つくこともある。忙しい時に拗ねられたら負担に思うことだって、少しはある。それでも俺はさぎりの彼氏だ。だから耐えるし、こうやって話し合う時間だって作る。それを、ただ感情をぶつけて別れるって結末にしてしまっていいのか?』

そうだよね。ごめんね。

「…」

今度は、言葉が出てこない。

なんて都合がいいんだろうね?

私、最低よ。このままじゃ、本当に最低な女になっちゃうよ?

「……」

ちゃんと謝りなさい。詩乃に。

「………ごめん」

本当にごめんね。顔も見ないで謝ったりして…

『いや、いいよ。誰にだって感情的になることはある。』

詩乃…まだチャンスをくれるんだね。

『俺が、なんでもさぎりのせいにしているわけじゃないことはわかってくれるよな?』

「うん」

やっと、落ち着いた…かな?

『でも少し距離を置く必要はありそうだな。』

顔を上げた。

「え?」

『今回みたいなことは、これからも起きると思うし、その度にこうやって話し合えるかどうかも、ちょっとわからない』

「なん…」

なんで?なんて、聞いちゃ駄目だよ。

詩乃を追い詰めたのは、私だよ。

『さっきも言った通り、俺だって辛いと感じることがある。もちろんいつだってさぎりの味方だし、支えになりたい。でも、俺も去年よりずっと忙しくなりそうだし、余裕がない時だってあるんだよ。』

涙が込み上げてくる。

『だから、一度距離をおいて、お互いやるべきをしっかりやるべきだとおもうんだ。』

私は、堪えきれずに泣き出した。

でも、ちゃんと聞いてるから。

『というより、お互い、まず自分のことを自分だけでできないといけないっていうか』

そうだよね。

『自立しなきゃいけないと思うんだ。』

「それも…私の…せい…?」

だよね。

『違うよ。お互いにって言っただろ?俺も、さぎりに甘えすぎてたとこ、あると思うんだ。』

「そんなこと…」

ないよ、詩乃が、私に甘えてるなんて…悪いのは、私だよ。

『あるんだって。すごく嫌な言い方になるが、俺は、さぎりはいつでも俺優先でいてくれると思っていた。理由は簡単だ。俺より忙しくないから。最低だと思う。でも俺は、忙しくしているうちにそう言う考え方をしていた。だから、忙しければ、また今度。手が空いて連絡したらすぐに返してくれるもんだと思っていた。これが、今回の俺の悪かったことだ。』

『ごめんな。俺がもう少しうまくバランスが取れたらよかった。』

「そんなことないって!私が、不安定だから…」

私は、詩乃に抱きしめられた。

あぁ、今まで、何度もあったな。こういうこと。

『そうじゃない。それは誰のせいでもない。俺たちがいい距離感で付き合えなくなってしまったのだって、お互いに原因はあるけど、どちらも悪くないんだよ。』

そうだよ、いつだって詩乃は、私と向き合ってくれてたじゃない。

「別れるのは、いや…置いていかないで。」

私、ちゃんと頑張るから。

『そうじゃない。』

「だって、距離を置くって…。」

悲しみと悔しさと、いろんな感情がごちゃ混ぜになって、上手く喋れない。

『距離は、置かないとダメだと思う。だけど、その先にあるのは、必ずしもわかれじゃないだろ?』

『俺は、さぎりを置いて行ったりしない。』

詩乃…詩乃……

『お互い、この1年間を自分の力で乗り越えて、自立できたら、もう一度やり直そう。』

私とちゃんと向き合ってくれてない人が、こんなこと言う訳ないよ。

詩乃は、いつだって、私のことを考えて、受け止めてくれてたじゃない。

「1年なんて…そんなに待たせられない。」

待たせられないよ。

『俺が待つんじゃない。2人で目指すんだよ。』

待たせられないって言うか…

「私…耐えられるかな…」

『できるさ。さぎりだって、自分のやるべきことはわかっているだろ?』

「それは、そうだけど…。」

『うん。』

この後に及んで、まだ甘えてる。

もうやめよう。

私だって、ちゃんと覚悟してきたじゃない。

できる。きっと。今なら。

「詩乃」

『ん?』

「私も、私なりに考えてきたの。聞いてくれる?今度は、ちゃんと冷静に話すから。」

『わかった。聞くよ。』

ちゃんと話そう。私。




「実は、私も同じことを考えてたの。信じてくれないかも知れないけど。」

詩乃も、落ち着いた表情で頷いてくれた。

『信じるよ。大丈夫だ』

ありがとう。

「私、詩乃の優しさに甘えすぎてた。んん、それだけじゃない。友達にも。」

詩乃は、黙って聞いてくれている。

「詩乃は、私が立ち上がれるまで一緒にいるって言ってくれたけど、私が寄りかかりすぎちゃったよね。」

そう、その調子。泣くのは、後でいくらでもできる。

「だから、わたし…」

あぁ、やっぱり悲しいな。

「ちゃんと、1人で、自分のことができるように、なるから」

詩乃、ありがとね。ごめんね。

「そしたら、また、一緒に…」

詩乃…大好きよ。今まで、いっぱい傷つけてごめんね。

「ごめんね、いっぱい傷つけて、辛かったよね。なのに、私ばっかり辛いみたいに言って、ごめんね」

詩乃が、また私を抱きしめる。詩乃も泣いていた。

「私、本当は詩乃が大好きなのに、一緒に居られないと拗ねて、怒って、なのにいつだって私を抱きしめてくれた…ありがとうね。詩乃。大好きよ。世界で一番大好きよ」

詩乃。ありがとうね。

それからも、私はわんわん泣き続けた。

詩乃は、私が泣き止むまでずっと抱きしめてくれていた。

抱きしめながら、泣いていた。









こうして私達は、一度距離を置くことに決めた。

不安がないって言ったら嘘になる。でも、私は、詩乃と、私を信じてる。

だからきっと、大丈夫。


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