ゆっくり、話そうか。
建物に消えていくやよいがよく見えなくて、無意識に追ってはみたけれど届かなかった。
嫌な空気が流れ、このまま後ろの女子生徒を放って逃げたくなった。
それよりもやよいへの苛立ちが強くて、その場から動けなくさせられていた。

どうぞ続けて…だって?
気を遣ったつもりだろうけど、的を外すにもほどがある。
続けたら困るくせに。

泣くくせに。

こんな形で泣かせたいわけではない。
やよいの泣き顔は嫌いじゃないけれど、こういうことではなかった。

けれど、自分にこんな苛立ちを抱く権利などはない。
酷い言葉でやよいをフッて、心無く突き放してしまった。
もっと言い方があったはずなのに。

やよいと過ごす時間に自分が何を見出だし、何を感じていたとしても、それに身を委ねる事はできなかった。
やよいともっと近づきたいと思ったとしても、日下部にはそれをただ純粋に受け入れることが出来なかった。

あいつらのせいだ、こんなの…。

らしくない責任転嫁が漏れる。
やよいでもない、尚太や万智でもない、自分の心が素直に感じるままに傾けなくなったそのものが、頭の中を埋めた。

「あの、日下部くん…」

小さなごめんなさい、はもう聞こえなかった。

「抱きつかれたくらいじゃ堕ちないよ?許可もなく勝手に抱きついてきたのは君だから恥をかいてもいいかもしれないけど、こっちはいい迷惑」

自分も許可無くやよいにキスしたくせに…。
よく言う。

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