ゆっくり、話そうか。
日下部があの時どういう理由で抱きつかれていたかは分からないけれど、どんな理由であったとしてもそれを見られたところで見た相手に詰め寄ったりはしないだろう。
見られたことをほじくりかえしても、なんのメリットもない。

なので日下部もそうだったのだろう。
日下部の性格上、何か言われるのではないかと思い込んでいただけだったとして、この件はもう自分の中でも深く追求しないことにした。
日下部が自分じゃない誰かに抱きつかれていたなんて事、もう考えたくもない。

「今日の体育やだなぁ…」

すっかり気分を変えた万智が、五限目の体育に心底嫌な唸り声をあげた。
この季節の体育は正直きつい。
万智の綺麗な顔が苦痛に歪んでいる。
なかなかの見物だ。

「万智運動嫌いやもんね」

「やよいは好きだよね、運動してるときのやよいかっこいいし」

「体動かすのは嫌いやないよ、楽しいし」

中学の部活もバスケに入っていて、一応いい成績を残したチームのメンバーだ。

持久走だけは嫌やけど。

あまり忍耐強くないやよいにとって、自分の精神力を試される持久走は苦手だった。
なのでいつも観る駅伝等、持久走に関わるもの全ての選手に対し、尊敬の意をもっている。
走るのは嫌いだが観るのは好きで、正月恒例の駅伝番組は欠かさずテレビの前にかじりついていた。

「今日なにやるんだろねぇ。器械体操とかならまだいいんだけどなぁ」

「万智得意よなぁ、羨ましいわぁ。私それあかんわぁ。でんぐり返しもうまいこと出来へんのよなぁ」

これもまた苦手分野。

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