ゆっくり、話そうか。
だが、予想していた話の展開とは違っていた。
てっきり昨日の粗相にだけ腹を立てていると思っていたのに、今の日下部との距離にも怒りを感じているようである。
そんなことを言われても、こうなろうと思ってこうなったわけではなく、自然とこうなっていた。
やよいの方こそ、こういう距離に自分が立てるなど思ってもいなかった。
謝るべきか悩んだが、謝れば状況の悪化が予想されるため口まででかかった謝罪を引っ込める。

五組の西井さんが、一歩、またやよいに近づき形のよい唇を意地悪にあげた。

「フラれてるよね、園村さん」

どくんと、心臓が跳ねる。

何でそんなこと言われなければならないのか。
自分だって触れたくないあの日の傷。
ようやく最近塞ぎ始めた深い傷が、誰とも知らないどんな人間かも分からない他人にこじ開けられた。

誰が、泣くか。

目頭が熱くなり、せり上がる胸焼けを強引に押し込めた。
せめてもの強がりとして、絶対に俯いたり目を逸らせたりはしないと決めて。
だって何故か分かっている。
こじ開けに来た理由の予想はつく。
自分だけ傷付くなんて我慢ならないのだ。
腹が立って仕方ない対象に、今の収まりきらない気持ちをぶつけたいのだ。
道連れにしたい、それだけなのだろう。
やよいはそうするにうってつけだったのだ。

「なのによく一緒にいられるね。もしかしてこのまま一緒にいたら振り向いてくれると思ってる?」

いや、そんなおめでたくはない。

可哀想ぅと嘲る笑い声、日下部との釣り合わないやよいの容姿への侮辱、それらが無数に落とされる。

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