ゆっくり、話そうか。
いい気味だねぇ、と言い合って。
何がいい気味なのかはかりかねていると、

「やよい!!!」

バケツを被ったままのやよいに金切り声にも近い声がかけられた。
今まで聞いたことのないそれが、誰のものか判明するまでたっぷり時間がかかってしまい、持ち主が判明したのは被らされたバケツを取られてからだった。

「やよいっ!」

大丈夫ではないやよいの姿に、万智は先の言葉を奪われてしまう。
泣き出すほどに顔が歪められていた。
その向こうには尚太、そしてその隣に、隣に───
こんなみっともない展開は予想してなかった。

こんな姿をみられてしまってはもう…。

もう一度バケツを被りたくなった。
こちらをみる日下部の表情は、同情と謝罪。
何より嫌だったのは、謝罪だった。

そんな目で見んといて。

万智を通して日下部を見る。

「くそっ、あいつらか!あそこの!」

万智の事以外では怒ることの少ない尚太が、珍しく拳をつくって感情をあらげている。
あそこの、の先にはのんびり歩いているグループが見える。
向こうはまだこちらに気が付いていない。

「追いかけたら捕まえられるな。俺行くわっ」

「私も行くっ、日下部くんやよいお願い!」

やよいと日下部を残し、二人同時に駆け出した。

日下部が近付いてくる。
こないでほしいと思うより早く日下部が距離を詰め、足元に転がっていたバケツを強く蹴った。
バケツがけたたましい音を立てて飛び、落下して地面に叩きつけられた後、ゴロゴロ転がる。


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