ゆっくり、話そうか。
突然の暴挙に驚いたやよいが、肩を大きく跳ね上がらせる。
そして、その震える体を日下部の腕が優しく包んだ。

やよいの目が見開き、呼吸を忘れる。
包み込まれた感触は優しいのに、抱き締める腕の力は強くて、骨が折れそうだった。
日下部の汗の匂いに、胸がきゅぅっと泣く。
取り乱しているのが、抱き締めてくる腕から伝わる。
いつもは静かな日下部の呼吸が荒々しく肌に触れ、何故だか震えているようにも感じた。

何でこんなこと…。

震えているのはやよいだと思っていたのに、抱き締めて初めて自分の震えだと気づいた。

ずぶ濡れになるやよいを見付けたとき、頭に血が昇りすぎてなにも考えられなくなった。
あの日一緒に雨に濡れた時とは違う、やよいの絶望感。
だから、尚太より出遅れてしまった。
いや、出遅れてなかったとしても今こうして抱き締めている事に変わりはない。

抱き締めずにはいられなかった。
あまりにもやよいが小さく見えて。
いつも目の前で笑ってるやよいが消えてしまわないように、抱き締めたかった。

いや、
違う…。

絶望にうちひしがれるやよいを見てられなかった、というのは建前だ。
もちろん見ていられなかったのは事実で嘘はない。
けれどそれだけではない。
本当は自分がどうにかなりそうだったのだ。
あのまま追いかけていたら、彼女達に何をしていたか分からない。

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