ゆっくり、話そうか。
こうしてやよいを抱き締めて、取り返しのつかないことをしてしまいそうな自分を抑えてもらっている。
そう言った方が近いかもしれない。
そんなみっともない自分の姿を、やよいに見られたくなかった。

声をかけるより早く、やよいを捕まえたかった。
巻き込んだことを詫びたかった。

だが何て言えばいい?
ごめん?て?言うのか?俺が?
大丈夫か?て?気にかけるのか?俺が。

どんな侮辱だ。
そんな権利俺にはない。

こうなったのは自分の責任なのに、それを謝罪する権利もない。
それが一番悔しかった。

「濡れるで…」

「うん…」

かすれた声でやよいが囁く。
日下部も静かに頷いた。
濡れるくらいどうということはない。
本当はもっとなにか言いたいことがあるはずなのに、それを口にしようとしないやよいが本当に、本当に───

さらにぎゅっと力を込めて、自分よりずっと小さなやよいの頭を撫でる。
濡れてしっとり水を含んだ髪が、束になって動く。

「だからこんなんせんといてて、前にちゃんと言うたやん」

あの日ぶつけられた苛立ちは感じない。
親が小さな子供に言うみたいな、そんな緩やかさを感じる。

「うるさい」

これくらいさせてよ。

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