ゆっくり、話そうか。
日下部のありがとうが、投げつけられた心ない言葉を浄化していく。
このまま距離が縮まって、日下部が振り向いてくれるだなんて考えてもいない。
ただ時々、自分がどうしようもない行き場の無い感情を抱いたとき、隣にいてくれたらと思った。
贅沢かもしれないが、こうして今寄り添ってくれるのなら、また次があるかもしれない。
それくらいの期待は止められなかった。
無意味な期待になるかもしれないけれど…。

「あー、泣きそう…」

つい口にだしてしまった。
あまりにも包み込まれるものだから、いい湯だなぁを無意識に滑らせるくらいの軽さで言ってしまった。

「俺しかいないから」

いいよ、と言われたみたいだった。
何もかもが熱くなる。
日下部がこうしていることも、自分が水にまみれていることも行き場の無い感情も。

日下部への想いも。
近くにいるのに、一番遠い。
何もかもが辛くなった。
これ以上埋まらない距離。
どうしても届かない距離。
この距離にまだ、これからも、卒業して日下部と会えなくなってしまってからも、ひたすら切なくさせられるのだと簡単に予見できる。
近付けば近付くほど、離れていっている気がして。

絶対泣くもんかと決めていたのに、涙はちっとも言うことをきいてはくれない。

これならこんなに近付かない方がよかった。
こんなに近くにいれる。

二つの感情が同じくらいの大きさで暴れるものだから、止めることが出来なかった。

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