ゆっくり、話そうか。
ノックすると、中から校医の許可が出る。
ドアを開け、中へ入るやよいの背中を見送ってから、日下部も教師てへ戻った。

「えぇっ、あらあらあらあらっ、なんでそんな濡れたの!?」

やよいを見た中年の女性校医が、ぎょっとなってやよいに駆け寄る。
半乾きとはいってもずぶ濡れだった事は一目瞭然。
触られると濡れた生地が肌に密着する。

「花壇の水やりでうっかり」

理由は考えていなかった。
まさかバケツごと降ってきましたとは言えないやよいは、咄嗟にそれらしい嘘で誤魔化した。
それらしいといってもまぁ、それらしくも無くツッコミどころは散りばめられてはいるのだが。

「とりあえず予備の着替え出すから待ってて?」

何かを察していてもまずは核心に触れず様子見といったところか、だがやよいにとってはその方がよかった。
掘り下げられても、これ以上の取り繕いは出てきそうにない。

「ちょっとサイズが大きいかもしれないけど」

戻ってきた校医が差し出したのは、予備の体操服。
見た感じ、触った重さで何となくサイズオーバーが分かる。

「ありがとうございます」

「そこ、ベッドのところの間仕切り引いて着替えてて?私は担任にここにいること報告してくるから」

急ぎ口調で言い終えた校医が、ローファーのヒールを打ち鳴らして部屋から出ていった。
あの校医も嘘が下手だなと思った。
担任に連絡するだけなら部屋に備えてある内線で事は足りるに、わざわざ伝えにいくと言うことは、やよいを見て得た情報を吟味するためだろう。

いずれやよいにも詳しい話を聞くことにはなるが、水をかけられたとなると受けた傷は大きいと考えるのが妥当。
今はその傷を拡げるわけにいかない、だからとりあえずの報告に済ませようという意図は簡単に汲み取れた。


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