ゆっくり、話そうか。
やよいに対してそういう特別なことをしたくなる衝動がある事実を、知ってほしいと思っている心は否定できない。
誰にでも動く衝動ではない、それだけはいつか伝えたいと、思っていた。

「ここ」  

日下部邸に到着し、鍵を差し込んでドアを開ける。

「おっきぃなぁ、うわぁ…、すごい」

玄関の段差、それより少し離れた場所で家を見上げたやよいが目をまん丸くして「おっきい」を繰り返す。
豪邸、の定義は分からないが、やよいが形容出来る言葉はこれしかない。
おそらく注文住宅だろう日下部の家は近代的な造りをしていて、似たような家を思い付けないほど存在が際立っていた。
建物自体の素材なんかは一般的なものだろうけれど、坪数が一般的でないことは敷地に入らずとも見て取れる。
一つの家です、といったフラットな造りのものではなく、いくつかの家が密集して一つの家になりました、そんな感じのフォルム。
長方形、正方形、三角、そんな形が集まっていた。

金持ちか。

無粋な感想が一番始めに浮かんだ。

「まぁ、狭くはないね」

苦笑いがついて出るのは、やよいがあまりに緊張していたから。
肩から下がる鞄のひもを握りしめ、玄関へ入ることを躊躇うやよいは、まるで違う世界を見物しに来た小人のように固くなっていた。

「暑いから、おいで?」

掴んでいた鞄の紐を引っ張られ、自然と前へ移動する。

「…お邪魔します」

日下部に促されて玄関を潜り、靴を脱いでようやく家へ上がった。

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