ゆっくり、話そうか。
「何してるの?」

驚き半分、おかしさ半分、そんな声が届いて肩を震わせる。 
そこにはお茶のセットを持った日下部が立っており、ずっといたの?という顔をしていた。

「失礼かなぁと思ってんけど、滅多に見られへんから色々眺めてた」

自分のしてることなどお見通しだろうから、変に誤魔化しもしない。

「そうなんだ。まぁ、全部あの人の趣味だけどね」

薄く笑った日下部の表情が引っ掛かる。
いつも何か嫌な言い方をすることは目立つが、“あの人”と言ったときの日下部は今までの彼とはまた違った、こっちの嫌な言い方が本当の意味での嫌な言い方なのではないかと思ってしまうほど、温度も声質も低かった。
イヤミな発言もカチンと来るワードもなく、ただ“あの人”と言っただけなのに。
“あの人”とは誰なのか。
この家の事だから、家族の誰かだということは想像つくれど、家族を“あの人”と呼ぶ経緯にまで足を突っ込みそうで、その立場に無いやよいは苦い思いを感じつつ口をつぐんだ。

「あぁ、半分持つわ」

日下部から「ひっくり返しそうだから」と余計な一言付きで、お茶菓子の方を受け取り、彼に続いて階段を昇る。
さっき見た階段。
向こう側へ突き抜けたらそのままあちら側へ落下するのかなとか、下らないことを考えてしまう。

今さら気ぃついたけど、私服やぁ。

後ろ姿を見つめ、初めて見る日下部の私服姿にドキリ。
そんな些細なことがまた恋心をくすぐった。
オーバーサイズの煉瓦色より薄いTシャツは無地で、しかしインナーには白を着用しているらしくたっぷり開いた首もとと、ウエストのラインを緩く作った裾から控えめに主張している。
パンツはすっきり見えるやや細目の黒。
足が長く見えて、うっとりしてしまう。
添え物は右手のごつい時計だけで、日下部らしいといえばらしい装い。

「はいどーぞ」

部屋のドアを開け、やよいを先に中へ誘う。

< 170 / 210 >

この作品をシェア

pagetop