ゆっくり、話そうか。
大体、何故そんな話をするのかやよいには全く分からなかった。
てっきり、再起不能になるまで粉砕されるのだと思っていたのに。

「あのまま返すと園村さん変な誤解しかねないし」

「いや、別に…そんなんせんよ」

したところで、そんなものになんの意味があるのか。
それに、その誤解は何を指してのことか…。

「する。で、勝手に傷付く」

勝手に傷付いたところで、日下部が気にすることではないはずなのに。
何故そんなに、傷付けたくないような顔をしているのか。
日下部が浮かべた表情には、憂いが溢れていた。
何がそうさせるのか、訊いてはいけないと知っていながら「なんで…」と言いかけたとき、

「親の居ぬ間に女連れ込むの?」

日下部の後ろから突然声がかけられた。
驚いたのはやよいより日下部で、大きく肩を震わせるとやよいを隠すように後ろを振り返る。
日下部の影からこっそり窺うと、そこにはスーツを着こなして凛々しい、だが表情は険しい中年の女性が立っていた。
その隣には中学生くらいだろうか、綺麗な顔立ちの男の子も立っていて、玄関に向かって歩いてくる。

日下部の隣を通るとき少し口を緩めて「ただいま」と声をかけ、やよいの傍を過ぎるとき「こんにちは」とにっこりして中へ消えていった。
やよいも反射で挨拶をかわし、「おかえり」とだけ告げた日下部に目をやる。
気を遣いあっているのが分かりすぎる空気が、びんびんに伝わってきた。

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