ゆっくり、話そうか。
この人の距離感はなんなんだと地団駄を踏みたくなる。
何とも思われていないことが刺さって、叫びたくなった。
本当は一人でこなしたい。
しかし、一人でやるからいいなど言ったところで日下部が引くわけが無いことはもう知っている。
余計な言い合いが無意味であることも学んでいたやよいは、素直に原本を渡した。

｢ぐしゃぐしゃなってしまった｣

｢ほんとだね｣

｢大丈夫やろか｣

｢大丈夫でしょ。内容が分かればそれで｣

用紙をセットし、部数を打ち込んだ日下部が慣れた手付きでコピーのスタートを押した。
その間にやよいは綴じるためのホッチキスと替えの芯、そしてA4のコピー用紙の予備を用意して待機する。
ほどなくして印刷機の出すインクの香りが届き、風に乗って部屋中へ広がっては消えていく。
無言で作業が続くが不思議と居心地の悪さは感じない。
二人きりとはいっても学校だからだろうか、近くでは生徒の声も聞こえるし常に誰かがそこにいる感覚がある。
基本的に備わっている異性と一緒という心への緊張に、オプションで付いてしまった日下部への意識が上乗せされた程度で済んでいた。

窓から入るそよ風が心地よく、あなた色に染まりますとばかりに揺らされているレースカーテンが楽しげに舞っている。
一枚目のコピーが部数分終わり、仕上がったものを机に置いて重りを乗せる。
二枚目のコピーが始まったばかりなので、空いてる時間少し風に当たろうと窓際へ移動した。
風と戯れるカーテンの裾が頬をくすぐる。
もうすぐ夏とは思えないくらいに清々しく乾いた空気が、頬を撫でて去っていく。
どの季節もそれなりにいいところがあり好き嫌いはないが、今のこの時期は他の季節とは違う気持ちのよさがある。

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