ゆっくり、話そうか。
「ちょっと、やりにくいからそれやめてくれん?」

「どれ?」

いい加減我慢の限界で、出来るだけ棘を隠してお願いをすると、すっとぼけにもほどがある反応が返ってきた。

何なのだ。
フったから惜しくなったのか。
やよいの気持ちが冷めてしまわないようキープでもしたいのだろうか。
彼女にするにはお粗末だが、優越をくすぐる要員としては及第点と態度で示されている気がしてならなかった。
好きになった相手がそんなゲスい人だとは思いたくはないけれど、ここまで意図的を感じさせられるとバカにされている気がして悲しくなる。
あんなに酷い言葉で人を拒絶したくせに…。

「もうえぇわ」

手がぶつかろうがどこかに触れようがもう知ったこっちゃない。
何か文句言われても構うものか。
割り切ったやよいは慎重すぎるくらいになっていた先ほどとは打って変わって、がつがつプリントをまとめ始めた。
だから当然、

「っ!」

指が、手が、触れるわけで。
一枚取って手元に引き寄せようとする日下部の指先と、そこと同じ場所の一枚を引き抜こうとしたやよいの指先が、ぶつかるのではなくほんの一瞬触れ合った。
自分から触ってしまった図式に慌てたやよいが即座に手を引っ込める。
ごめんと言うのも妙で、だからってなにも言わないのもさらに不自然。

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