ゆっくり、話そうか。
「園村さんでも分かるんだね?この状況」

「あかんて、そんなん、自分もっと大事にせんと」

「してる」

不意に左手が軽くなって、次いで日下部の手がやよいの喉元に添えられた。 
日下部と重なっていた手のひらが、指の隙間一つ一つが外気にさらされて、急激に体温を下げていくのが分かる。

「手、痛くしてごめんね」

「えっ、えっ?ほんまにっ、ちょっとっ」

「ん?」

後ろは大木、それ以前に逃げ道があっても腰が抜けていて動くことなど叶わない。
ほとんど命乞いに近い状態で「日下部くん」と泣いていた。

「ほんまに?ほんまに首絞めるん?殴るん?」

「は?え?首っ??殴る!?」

何を言い出すんだこの子は。
なんでそんなこと?

どう考えてもそんな想像皆無な空気だったはずなのに、突拍子もない勘違いに吹き出しよりも盛大に笑ってしまうところだった。

「だって、え?私にイラついてるやんいっつも、せやからてっきり…」

「しないよそんなこと。イラつくのは確かだけど」

あー、ぜんっぜん分かってなかったんだぁ。

イラッとはしないが、なんだが気持ちが釈然としない。

この雰囲気をどう間違ったらそんな展開にもっていけるのか…。
やよいの思考回路が理解できず、深いため息が漏れた。
そもそも自分はそっち方面の危ないキレやすい設定なのかと、やよいの中の日下部像に疑問が浮かぶ。

「やっ、じゃあなんっ、えっ、けどっ、これ殺人事件でようあるやん、逆ギレした男が女を…って、」

どれだけドラマに左右されているのか、キャンプでそんなこと現実問題あるわけがない。
命を落とすとしたら、林のどこかに潜んでいる獰猛系の獣のせいでだろう。
< 94 / 210 >

この作品をシェア

pagetop