年下カレが眼鏡を外す時
4 年下カレが本気を出す時
 昼休憩恒例の対局チェックとSNSの確認。あれ以来、壮真君の対局の日はランチの事が話題になる日が増えてきた。他の棋士と同じように出前を注文しているのが分かると、女性ファンが胸を撫でおろしてSNSで呟いている。それを見ていると、またお弁当作ろうかなとムッとしてしまう自分がいた。顔も知らない人に対して牽制する必要なんてないのだろうけれど……やっぱりモヤモヤしてしまう。私はカレンダーをちらりと見る。そろそろカレとお付き合いを初めて一年、こうやって見知らぬ人へのヤキモチを抱くようになってから一年も経つ。

私がため息をついていると、フロアの端の方から歓声が聞こてきた。顔をあげると、みんながなにやら盛り上がっているのが見える。私はその声に引き寄せられると、私が近づいてきたことに気づいた同期が声をかけてきた。

「先輩、結婚するんだって」
「え? そうなの!?」

 輪の中心には女性の先輩がいる。彼女には入社した時にとてもお世話になったから、なんだか自分の事のように嬉しい。私も周りから遅れて拍手をする。

「いいなー羨ましい」

 同期が漏らす本音に私は心の底から同意する。私も早く結婚したいと思ったことはあってけれど……その気持ちは今少し停滞している。壮真君とそんな話をしたことはないし、結婚したら彼の仕事や研究の邪魔になってしまうのではないか、そんな不安ばかりが渦巻くようになってしまった。この不安をカレが気づきませんようにと祈ることもある。

 先輩が私たちに気づいたらしく、近づいてきた。私たちはもう一度拍手をして、声をそろえて「おめでとうございます」と先輩を祝福した。

「ありがとー!」

 先輩の幸せそうな笑みは太陽みたいに輝いていて、見ているこっちがまぶしくなるくらい。

「それでどうなの、アンタたちは」
「え?」
「そうだ、亜美、年下彼氏とはどうなってんの?」

 急に私に飛び火した。先輩は「渡瀬、彼氏いるの?」と驚いていた。

「いますよ! そろそろ付き合って一年になります!」
「亜美にしては持った方だね」

 同期はそんな失礼な事を言ってくる……けれど、確かにその通り。無事に一年もカレと過ごすことが出来そうで、私は人知れず胸を撫でおろしていた。

「じゃあ、そろそろかもね」

 幸せオーラを振りまきながら、先輩がそんな事を言った。私は「いい報告できたらいいんですけど」と返すと、先輩は笑いながら違うグループへ行ってしまった。同期は「まあ、頑張って」と私の肩を叩く。……これ以上、何をどう頑張れば、壮真君と一緒にいることができるんだろう? 私の悩みは簡単なように見えて、途方のないものだった。

***

 そうしてやってきた、付き合って一年の記念日。その日はタイミングの良い事に金曜日だった。壮真君はオフ。私は仕事を定時に終わらせて、素早くメイクを直し、持ってきていたデート服一式に着替えて待ち合わせ場所に向かった。淡いピンクのワンピースに細いヒール。何度も変じゃないか確認しながら歩く。待ち合わせ場所にはもう壮真君が待っていた。細身のスーツがカレの体にぴったり合って、よく似合う。私はそれが嬉しくて、少し駆け足で近づいた。

「ごめんなさい、待った?」
「いいえ、全然。行きましょう」

 壮真君が腕を差し出すので、私はその腕に手を回した。私たちは腕を組んで、壮真君が予約してくれたレストランへ向かう。

「知り合いの先生が教えてくれたんです。……彼女とデートにぴったりのお店って」

 どうやらあのお弁当を見た棋士の先生がオススメしてくれたらしい。その先生は奥さんと行ったけれど、個室もあり、料理もワインもサービスも良かったと太鼓判を押していたみたい。私は楽しみになって、ぎゅっと体を寄せる。
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