敏腕パイロットは純真妻を溢れる独占愛で包囲する
不安
とっぷりと日が暮れた煌びやかな街の明かりを、可奈子は自宅のリビングのソファに座り見つめている。
風呂に入りパジャマ姿で、後は寝るばかりの格好だ。
総司の方は可奈子と入れ違いでバスルームを使っている。
もうすぐしたら出てくるだろう。
今夜彼は、朝告げた通り何事もなく帰宅した。
福岡空港で買ったという土産の明太子を添えて、ふたりは夕食を囲んだのだ。
首に下げたタオルをギュッとにぎりしめて、可奈子はあれこれ考えを巡らせる。
複雑な気分だった。
今夜は、愛おしい彼と久しぶりにゆっくりと夜を過ごすことができる。
きっと彼はたくさんの愛の言葉を口にして、熱い愛撫で可奈子を翻弄するのだろう。
でもその彼の愛情を素直に受け止められる自信が今の可奈子にはなかった。
彼に疑念を抱いたまま、彼に抱かれるのが少し怖い。
あの福岡での出会いの日、彼に連れて行ってもらったもつ鍋の店は彼が言っていた通り、気楽で居心地のいい店だった。
ガヤガヤと常連客たちがくつろぐ庶民的な店内のカウンター席で横並びになり、ふたりはたくさん話をした。
NANA・SKYに入社してから食べ歩きが趣味になったのだと言う可奈子に、彼は世界中のグルメの話をしてくれて、可奈子はそれを夢中になって聞いたのだ。
そして遅くならないうちにホテルに戻りロビーで別れた。
下心など微塵も感じさせないそんな姿も紳士的で素敵だと、可奈子の胸はときめた。
大切な福岡の夜の思い出。
でもそれが彼にとっては計画を成功させるための"なにか"だったのだとしたら……。
胸が締め付けられるような心地がして、可奈子はギュッと目を閉じる。
今まで彼の言動を不信に思ったことなど一度もない。ふたりは純粋に恋に落ちて結婚を決めたのだ。
CAたちが言っていたような愛のない結婚ではないはずだ。
でも……。
その時、リビングのドアがガチャリと開いて、可奈子はびくりと肩を揺らす。
総司がバスルームから出てきた。
彼に背を向けて街の明かりを見つめたまま、可奈子はこくりと喉を鳴らす。彼の動きに全神経が集中する。
彼は一旦キッチンに寄り、冷蔵庫から出したミネラルウォーターを飲んでから、ゆっくりと可奈子のところへやってくる。
緊張で息苦しささえ覚えるくらいだった。
まるではじめて彼に抱かれた夜のようだ。でもその緊張の元となる感情がまったくあの時とは違うということが悲しかった。
「可奈子」
すぐ隣に腰を下ろす彼の目をまともに見ることができない。
少し茶色い彼の瞳に真正面から見つめられたら、胸の中の不安を見透かされてしまいそうだ。
うつむいたまま黙り込んでいると、彼がくすりと笑みを漏らした。
「まだ慣れない?」
その言葉にためらいながらこくんと頷く。言えない疑惑はさておいて、本当の気持ちでもあるからだ。
恋人同士になってから、結婚までのわずかな期間で彼とゆっくり過ごせた夜はそう多くはない。もともと男性経験がなかったことも影響して、まだ慣れるという状態からはほど遠い。
「でも……大丈夫」
可奈子がそう口にすると、引き寄せられて腕の中に閉じ込められる。
ウッディムスクの香りが強くなった。
「可奈子、愛してるよ」
低くて甘い彼の声音が耳をくすぐる。
言葉にしなくたってその声で名前を呼ばれるだけで、愛されていると感じるのに。
これもすべて"計画"なのだろうかという悲しい思いが頭をよぎる。
アゴに添えられた手に促されるままに上を向くと、すぐに唇が塞がれる。
深くて熱い口づけに、可奈子の脳が甘く痺れる。柔らかい彼の熱が可奈子の中の疑念を少しずつ鈍らせてゆく。
——大丈夫、あの日記は自分とは関係ない。
自分に言い聞かせるように心の中で唱えながら、可奈子はゆっくりと目を閉じた。
風呂に入りパジャマ姿で、後は寝るばかりの格好だ。
総司の方は可奈子と入れ違いでバスルームを使っている。
もうすぐしたら出てくるだろう。
今夜彼は、朝告げた通り何事もなく帰宅した。
福岡空港で買ったという土産の明太子を添えて、ふたりは夕食を囲んだのだ。
首に下げたタオルをギュッとにぎりしめて、可奈子はあれこれ考えを巡らせる。
複雑な気分だった。
今夜は、愛おしい彼と久しぶりにゆっくりと夜を過ごすことができる。
きっと彼はたくさんの愛の言葉を口にして、熱い愛撫で可奈子を翻弄するのだろう。
でもその彼の愛情を素直に受け止められる自信が今の可奈子にはなかった。
彼に疑念を抱いたまま、彼に抱かれるのが少し怖い。
あの福岡での出会いの日、彼に連れて行ってもらったもつ鍋の店は彼が言っていた通り、気楽で居心地のいい店だった。
ガヤガヤと常連客たちがくつろぐ庶民的な店内のカウンター席で横並びになり、ふたりはたくさん話をした。
NANA・SKYに入社してから食べ歩きが趣味になったのだと言う可奈子に、彼は世界中のグルメの話をしてくれて、可奈子はそれを夢中になって聞いたのだ。
そして遅くならないうちにホテルに戻りロビーで別れた。
下心など微塵も感じさせないそんな姿も紳士的で素敵だと、可奈子の胸はときめた。
大切な福岡の夜の思い出。
でもそれが彼にとっては計画を成功させるための"なにか"だったのだとしたら……。
胸が締め付けられるような心地がして、可奈子はギュッと目を閉じる。
今まで彼の言動を不信に思ったことなど一度もない。ふたりは純粋に恋に落ちて結婚を決めたのだ。
CAたちが言っていたような愛のない結婚ではないはずだ。
でも……。
その時、リビングのドアがガチャリと開いて、可奈子はびくりと肩を揺らす。
総司がバスルームから出てきた。
彼に背を向けて街の明かりを見つめたまま、可奈子はこくりと喉を鳴らす。彼の動きに全神経が集中する。
彼は一旦キッチンに寄り、冷蔵庫から出したミネラルウォーターを飲んでから、ゆっくりと可奈子のところへやってくる。
緊張で息苦しささえ覚えるくらいだった。
まるではじめて彼に抱かれた夜のようだ。でもその緊張の元となる感情がまったくあの時とは違うということが悲しかった。
「可奈子」
すぐ隣に腰を下ろす彼の目をまともに見ることができない。
少し茶色い彼の瞳に真正面から見つめられたら、胸の中の不安を見透かされてしまいそうだ。
うつむいたまま黙り込んでいると、彼がくすりと笑みを漏らした。
「まだ慣れない?」
その言葉にためらいながらこくんと頷く。言えない疑惑はさておいて、本当の気持ちでもあるからだ。
恋人同士になってから、結婚までのわずかな期間で彼とゆっくり過ごせた夜はそう多くはない。もともと男性経験がなかったことも影響して、まだ慣れるという状態からはほど遠い。
「でも……大丈夫」
可奈子がそう口にすると、引き寄せられて腕の中に閉じ込められる。
ウッディムスクの香りが強くなった。
「可奈子、愛してるよ」
低くて甘い彼の声音が耳をくすぐる。
言葉にしなくたってその声で名前を呼ばれるだけで、愛されていると感じるのに。
これもすべて"計画"なのだろうかという悲しい思いが頭をよぎる。
アゴに添えられた手に促されるままに上を向くと、すぐに唇が塞がれる。
深くて熱い口づけに、可奈子の脳が甘く痺れる。柔らかい彼の熱が可奈子の中の疑念を少しずつ鈍らせてゆく。
——大丈夫、あの日記は自分とは関係ない。
自分に言い聞かせるように心の中で唱えながら、可奈子はゆっくりと目を閉じた。