敏腕パイロットは純真妻を溢れる独占愛で包囲する
グランドスタッフの中に可愛い子がいるという話が、若いパイロットの間で出始めたのは、可奈子がNANA・SKYに入社してすぐだった。
勤務中は、機体を安全に運行することしか頭にないパイロットとて、勤務が終わればただの男。毎年梅雨の季節になると必ず、今年の新入社員の誰それが可愛い……という話題が出る。
でもそれがCAではなく、グランドスタッフだというのは少し珍しいことだった。
グランドスタッフの伊東可奈子は、空港内をくるくるとよく動き、働く姿もさることながら、パイロットたちにかけられる『いってらっしゃいませ』という笑顔が飛び抜けて可愛いという。
乗務する便の搭乗手続きが彼女の担当だとラッキーだと言う者まででる始末だった。
そんな彼女は、『空港スタッフの制服姿ではなく、私服姿の方がもっと可愛い』と言い出したのは誰だったか。
可奈子が頻繁に日本各地で目撃されるようになったのである。
聞くと、自社の福利厚生制度を使い食べ歩きをしているようだという。
ならばその機会を利用してなんとかして食事に誘いたいと若い副操縦士が冗談混じりに話すのを、総司は苦々しい思いで聞いていた。
どんなに優秀なパイロットでも彼女に近づくのは許せない。
なぜなら、彼女は総司にとって……。
だが幸いにして、可奈子は誰からの誘いにも応じないようだった。
彼氏がいるのか、はたまた男嫌いなのだろうかと、様々な憶測が飛び交うなか、彼女が同僚に話していたという内容から、真相らしき事実が判明する。
『どうやら伊東さんはパイロット嫌いらしい』
パイロットが参加するような懇親会には来ないのに、本社社員との合コンにはむしろ積極的に参加しているという。
これには総司も愕然とした。
——いったいなにが、あの彼女をそんな風にしたのだろう。
——総司が知らない間に、なにがあったのだろう。
そしてその話を聞いた時から総司の胸に焦りが生まれたのだ。
彼女が入社してから今までは、自身の機長昇格試験が重なって、身動きが取れなかった。彼女にとっても仕事を覚える大事な時期だからと、遠くから見守っていたが、ぐずぐずしていたらその辺の男にかっさらわれてしまう。
合コンに参加していたというならば、恋人はいなくとも、男嫌いではないのだから。
そして総司は計画を練った。
パイロット嫌いの可奈子と、パイロットである自分が結婚するための計画を。
あの日総司は、可奈子が食べ歩きのために福岡にいるのを知っていて、偶然を装い話しかけたのだ。
果たして、彼女の反応は予想通り。警戒し、少し迷惑そうですらあった。
——かわいそうに。
よほど他のパイロットたちにしつこく誘われたのだろうと、総司の胸は後輩パイロットたちへの苦々しい思いでいっぱいになった。
一方で総司の方は、慎重に可奈子の警戒心を解いていった。食べ歩きに凝っているという彼女が喜びそうな、もつ鍋の店の話題を出して。
店では、すっかり総司に心を許して世界中のグルメの話を夢中で聞きたがるようになった可奈子に、総司は安堵した。
——やはり彼女は変わっていない。
シメのラーメンを美味しいと言って弾けるような笑顔を見せた可奈子。
できることなら、そのまま連れて帰りたいくらいだった。だが焦りは禁物と、総司は自分に言い聞かせ、紳士的に遅くならないうちにホテルに送り届けた。
そしてあの夜を境にふたりの距離は縮まり、結婚することができたのだ。
——すべてはうまくいったはず。
そう思っていたのだが……。
今夜の可奈子を見る限り、まだ完全に安心はできないということか。総司は皮のノートを開き、今日の日付を記入した。
勤務中は、機体を安全に運行することしか頭にないパイロットとて、勤務が終わればただの男。毎年梅雨の季節になると必ず、今年の新入社員の誰それが可愛い……という話題が出る。
でもそれがCAではなく、グランドスタッフだというのは少し珍しいことだった。
グランドスタッフの伊東可奈子は、空港内をくるくるとよく動き、働く姿もさることながら、パイロットたちにかけられる『いってらっしゃいませ』という笑顔が飛び抜けて可愛いという。
乗務する便の搭乗手続きが彼女の担当だとラッキーだと言う者まででる始末だった。
そんな彼女は、『空港スタッフの制服姿ではなく、私服姿の方がもっと可愛い』と言い出したのは誰だったか。
可奈子が頻繁に日本各地で目撃されるようになったのである。
聞くと、自社の福利厚生制度を使い食べ歩きをしているようだという。
ならばその機会を利用してなんとかして食事に誘いたいと若い副操縦士が冗談混じりに話すのを、総司は苦々しい思いで聞いていた。
どんなに優秀なパイロットでも彼女に近づくのは許せない。
なぜなら、彼女は総司にとって……。
だが幸いにして、可奈子は誰からの誘いにも応じないようだった。
彼氏がいるのか、はたまた男嫌いなのだろうかと、様々な憶測が飛び交うなか、彼女が同僚に話していたという内容から、真相らしき事実が判明する。
『どうやら伊東さんはパイロット嫌いらしい』
パイロットが参加するような懇親会には来ないのに、本社社員との合コンにはむしろ積極的に参加しているという。
これには総司も愕然とした。
——いったいなにが、あの彼女をそんな風にしたのだろう。
——総司が知らない間に、なにがあったのだろう。
そしてその話を聞いた時から総司の胸に焦りが生まれたのだ。
彼女が入社してから今までは、自身の機長昇格試験が重なって、身動きが取れなかった。彼女にとっても仕事を覚える大事な時期だからと、遠くから見守っていたが、ぐずぐずしていたらその辺の男にかっさらわれてしまう。
合コンに参加していたというならば、恋人はいなくとも、男嫌いではないのだから。
そして総司は計画を練った。
パイロット嫌いの可奈子と、パイロットである自分が結婚するための計画を。
あの日総司は、可奈子が食べ歩きのために福岡にいるのを知っていて、偶然を装い話しかけたのだ。
果たして、彼女の反応は予想通り。警戒し、少し迷惑そうですらあった。
——かわいそうに。
よほど他のパイロットたちにしつこく誘われたのだろうと、総司の胸は後輩パイロットたちへの苦々しい思いでいっぱいになった。
一方で総司の方は、慎重に可奈子の警戒心を解いていった。食べ歩きに凝っているという彼女が喜びそうな、もつ鍋の店の話題を出して。
店では、すっかり総司に心を許して世界中のグルメの話を夢中で聞きたがるようになった可奈子に、総司は安堵した。
——やはり彼女は変わっていない。
シメのラーメンを美味しいと言って弾けるような笑顔を見せた可奈子。
できることなら、そのまま連れて帰りたいくらいだった。だが焦りは禁物と、総司は自分に言い聞かせ、紳士的に遅くならないうちにホテルに送り届けた。
そしてあの夜を境にふたりの距離は縮まり、結婚することができたのだ。
——すべてはうまくいったはず。
そう思っていたのだが……。
今夜の可奈子を見る限り、まだ完全に安心はできないということか。総司は皮のノートを開き、今日の日付を記入した。