敏腕パイロットは純真妻を溢れる独占愛で包囲する
 午後十時を回った自宅のリビングで、可奈子はドキドキしながらテレビのリモコンを握っている。

テレビ画面に映るのは映画がレンタル視聴できるサイト。

このマンションへ引っ越してきた時に総司が契約したものだった。

あまり映画やドラマを観る方ではない可奈子は実際に利用したことはまだない。

もっぱら総司が、邦画を観るのに利用している。

 ごくりと喉を鳴らして可奈子は検索画面にカタカナを打ち込んでいく。

件のドラマはすぐにヒットした。

 スカイ・スパイと青い文字で書かれているタイトル画面では、端正な顔立ちの外国人俳優がパイロットの制服を着て厳しい表情でポーズをきめている。

昼間にCAの話を聞いていなくても大体の内容が想像できるタイトル画面だ。

 正直言って観るのが怖い。

 でも確認せずにはいられないと可奈子は自分に言い聞かせた。

可奈子が持っている情報の中で、総司の目的を知るための手かがりは今のところこれしかない。

 観るしかないと心に決めて、深呼吸をひとつしてから可奈子は"視聴する"のボタンを押した。

 ——果たしてその内容は衝撃的なものだった。

 あのCAが言っていた通り、今の可奈子と総司の状況にぴったりと重なっていたからだ。

 主人公はエリートパイロット。どんな女性も彼にかかったら必ず落ちるほどのセクシーな魅力の持ち主で、彼はそれを利用して各国の情報を集めている。

そして組織からの任務を遂行していくのだ。さらに彼は自分の正体を隠すため、偽装結婚していて、相手は同じ会社の地味なグランドスタッフだった。

 彼の妻は彼がスパイだとは夢にも思わずに幸せな家庭を築いていると思っている。

 一方で彼には同じ会社でCAをしている相棒がいて、彼女はとびきりの美女だった。

その相棒と主人公のロマンスも予感させるようなストーリーだった。

 一話目を観ただけでは結末は不明だが、少なくとも彼の結婚の目的はあくまでも任務のためであり妻を愛しているわけではない……。

 ……もちろんこれはただのドラマだ。現実にはありえない。

 でもあの彼の日記の内容が頭に浮かび、とても冷静には受け止められなかった。

 主人公の俳優の真っ直ぐなダークブラウンの髪と綺麗な瞳はどこか総司と通じるものがある。

 あるシーンの彼のセリフが可奈子の胸を刺した。

『なぜあの子を偽装結婚の妻に選んだの?』

 相棒に問いかけられた主人公が、ニヒルな笑みを浮かべて答える。

『地味でろくに恋愛経験のない女の方が騙されやすいからだ。それ以上でも、それ以下でもない』

 ……総司も同じような理由で、可奈子を結婚相手に選んだのだろうか。
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