敏腕パイロットは純真妻を溢れる独占愛で包囲する
可奈子の失敗
玄関のドアを開けると、リビングへ続くドアから明かりが漏れている。
今日の勤務は遅番で今は午後十一時を回っている。総司が先に帰っているのだと気が付いて、可奈子の胸がちくりと痛んだ。
もちろん彼自身を、嫌なのではない。
正体を知ってしまった今も、可奈子の中で彼は愛おしい存在だ。
嘘をつかれていたとしても、その想いにまったく変わりはなかった。
でも今のこの状況で顔を合わせるのはつらかった。
彼との生活を続けたい、そばに居たいと願うなら、なにがなんでも素知らぬフリを貫かなくてはならないだろう。
彼の正体に気付いてはいない幸せな妻を演じなくてはならないのだ。
彼の秘密を知ったばかりで、それを完璧にできる自信はなかった。
でも、やらなくては。
目を閉じて深呼吸をひとつする。
しっかりしろと、自分自身に言い聞かせて可奈子は靴を脱いだ。
廊下を進みリビングのドアを開ける。
ソファに座る総司が振り返った。
「おかえり、可奈子」
その瞬間、可奈子は思わず持っている鞄を落としてしまう。
テレビ画面に、スカイスパイのタイトル画像が映っていたからだ。
「おつかれ」
総司に、にこやかに声をかけられても答えることもできなかった。
おそらくは、彼が動画配信サイトの履歴からおすすめとして表示されたのだろう。画面の上部にサイトからの"続きをみますか?"というメッセージが表示されている。
可奈子の視線の先に目をやって総司が首を傾げた。
「可奈子が観たんだろう? 珍しいな。海外ドラマはあまり観ないって言ってたのに」
「え? あ、あの……!」
問いかけられて、動揺をまったく隠せないままに可奈子は反射的に声をあげた。
「たたたたまたま! おおお面白いって同僚から言われて、ちょ、ちょっと観てみただけで……!」
なんとかごまかしたくて、言い訳を探すけれどうまくいかない。
彼が、ドラマの内容を知らなかったとしてもスカイスパイというタイトルだけで、どういう話かだいたい予想できるはず。
このままでは確実に可奈子が総司の正体に気が付いているとバレてしまう。
どうしよう……!
なんとかして、ごまかさくては!
「で、どうだった?」
「どどどどうって?」
「いや、面白かったのかなと思って。よかったら……」
「そそそっちの!」
可奈子は青ざめたまま、必死に隣に表示されている別のドラマ『アットホームダーリン』を指差した。
マッチョな外国人男性がエプロン姿で微笑んでいる。おそらく、ホームコメディだ。周りを子供や妻が取り囲んでいるということは、家庭的なパパの話なのだろうか。
「そっちのアットホームダーリンも面白いってききき聞いて観たの! 今同僚が海外ドラマにハマってて。それでこんな旦那さんサイコーだよねって話になって……!」
一生懸命スカイスパイから話を逸らそうとするけれど、あまりうまくいかない。
総司が疑わしげに目を細めた。
「わわ私、荷物置いてくるね!」
「可奈子!」
総司が止めるのも聞かずに、可奈子は逃げるように部屋を出た。
寝室へ逃げ込んで、ふーと長い息を吐く。心臓はバクバクだった。
スカイスパイという、総司の正体を暴露するようなタイトルのドラマを可奈子が観てたことを、彼はどう思っただろう。
彼が動画サイトを使うのは、予想できたはずなのに、履歴を消さなかった自分自身の迂闊さが許せなかった。
絶対に総司は不審に思ったはず。
ここまで知られてしまったら、もう誤魔化せないかもしれない。
薄暗い寝室で電気も着けずに突っ立ったまま、可奈子はどうしようと頭の中で考え続けた。
今日の勤務は遅番で今は午後十一時を回っている。総司が先に帰っているのだと気が付いて、可奈子の胸がちくりと痛んだ。
もちろん彼自身を、嫌なのではない。
正体を知ってしまった今も、可奈子の中で彼は愛おしい存在だ。
嘘をつかれていたとしても、その想いにまったく変わりはなかった。
でも今のこの状況で顔を合わせるのはつらかった。
彼との生活を続けたい、そばに居たいと願うなら、なにがなんでも素知らぬフリを貫かなくてはならないだろう。
彼の正体に気付いてはいない幸せな妻を演じなくてはならないのだ。
彼の秘密を知ったばかりで、それを完璧にできる自信はなかった。
でも、やらなくては。
目を閉じて深呼吸をひとつする。
しっかりしろと、自分自身に言い聞かせて可奈子は靴を脱いだ。
廊下を進みリビングのドアを開ける。
ソファに座る総司が振り返った。
「おかえり、可奈子」
その瞬間、可奈子は思わず持っている鞄を落としてしまう。
テレビ画面に、スカイスパイのタイトル画像が映っていたからだ。
「おつかれ」
総司に、にこやかに声をかけられても答えることもできなかった。
おそらくは、彼が動画配信サイトの履歴からおすすめとして表示されたのだろう。画面の上部にサイトからの"続きをみますか?"というメッセージが表示されている。
可奈子の視線の先に目をやって総司が首を傾げた。
「可奈子が観たんだろう? 珍しいな。海外ドラマはあまり観ないって言ってたのに」
「え? あ、あの……!」
問いかけられて、動揺をまったく隠せないままに可奈子は反射的に声をあげた。
「たたたたまたま! おおお面白いって同僚から言われて、ちょ、ちょっと観てみただけで……!」
なんとかごまかしたくて、言い訳を探すけれどうまくいかない。
彼が、ドラマの内容を知らなかったとしてもスカイスパイというタイトルだけで、どういう話かだいたい予想できるはず。
このままでは確実に可奈子が総司の正体に気が付いているとバレてしまう。
どうしよう……!
なんとかして、ごまかさくては!
「で、どうだった?」
「どどどどうって?」
「いや、面白かったのかなと思って。よかったら……」
「そそそっちの!」
可奈子は青ざめたまま、必死に隣に表示されている別のドラマ『アットホームダーリン』を指差した。
マッチョな外国人男性がエプロン姿で微笑んでいる。おそらく、ホームコメディだ。周りを子供や妻が取り囲んでいるということは、家庭的なパパの話なのだろうか。
「そっちのアットホームダーリンも面白いってききき聞いて観たの! 今同僚が海外ドラマにハマってて。それでこんな旦那さんサイコーだよねって話になって……!」
一生懸命スカイスパイから話を逸らそうとするけれど、あまりうまくいかない。
総司が疑わしげに目を細めた。
「わわ私、荷物置いてくるね!」
「可奈子!」
総司が止めるのも聞かずに、可奈子は逃げるように部屋を出た。
寝室へ逃げ込んで、ふーと長い息を吐く。心臓はバクバクだった。
スカイスパイという、総司の正体を暴露するようなタイトルのドラマを可奈子が観てたことを、彼はどう思っただろう。
彼が動画サイトを使うのは、予想できたはずなのに、履歴を消さなかった自分自身の迂闊さが許せなかった。
絶対に総司は不審に思ったはず。
ここまで知られてしまったら、もう誤魔化せないかもしれない。
薄暗い寝室で電気も着けずに突っ立ったまま、可奈子はどうしようと頭の中で考え続けた。