敏腕パイロットは純真妻を溢れる独占愛で包囲する
どっち?
お風呂に入り、そうっとリビングダイニングのドアを開けると、総司はまだソファにいた。動画配信サイトを着けておきながらなにかを観るつもりはないようで、もうテレビ画面は消えている。
可奈子がそろりそろりと足音を忍ばせてキッチンへ行き、冷蔵庫から取り出した水を飲み干した時、総司が振り返った。
「可奈子、明日のシフトは?」
可奈子は肩をぎくりとさせる。でも問いかけられた内容に、一応はホッとする。
ドラマのことを聞かれたら、どうしようと思っていたからだ。
さっき彼から逃げた後、寝室からバスルームに直行して、いつもより長めに湯に浸かった。その間、できるだけ気持ちを落ち着かせようと試みた。
一生懸命自分に言い聞かせたのだ。
とにかくなにを聞かれても、知らないふりをしていればいい。
いくら疑われていたとしても、彼だって自分から正体をバラすようなことはしないはずだ。
いつも通り、いや、いつもよりも能天気なふりをして……。
「あしたは、早番だよ」
そう答えて可奈子はリビングへ行く。不自然に避けるのも、やめた方がいいと思ったからだ。彼の隣に腰を下ろして、無理やりにっこり微笑んだ。
「総司さんは?」
「俺も早く帰れそうだ。なるべく早く帰ってくるよ」
可奈子を見つめて、彼は早く帰ると繰り返す。可奈子はゆっくり頷いた。
「わかったわ」
「夕食も一緒に食べられるからな」
「……うん」
もう一度頷いて、自分を伺うように見つめる総司の目を見つめ返した。
普段通り普段通りと唱えながら。
「一緒に食べられるからな」
まるで念を押すように彼は言う。
なにも知らない幸せな妻ならば、どう振る舞うのが正解なのかと、可奈子は思いを巡らせながらまたにっこりと微笑んだ。
「嬉しい。じゃあ、なにか作って待ってるね。総司さんはなにがいい?」
ところが彼はその言葉に眉を寄せて真剣な表情になる。そして首を横に振った。
「いや、作らなくていい」
「え……?」
「俺が作るよ。可奈子はなにが食べたい?」
「でも、総司さん……」
戸惑いながら可奈子は答える。
いくらなんでも彼が可奈子より早く帰れるなんてことはないはずだ。
グランドスタッフの早番は早朝から昼過ぎまでなのだから。
「私の方が早いから、私が作るよ」
可奈子はそう告げるが彼は納得しなかった。
「いや、俺が作る。リクエストがないなら、適当に考えるから。可奈子はなにもしなくていい」
「……わ、わかった」
あまりにも真剣な彼の空気に押されて、可奈子は素直に頷くと、彼は安心したように息を吐いた。
「久しぶりにゆっくりと過ごせるから、夕食の後は可奈子のしたいことをしよう。そうだ、一緒にドラマの続きを観ようか」
「……え?」
可奈子は掠れた声を漏らす。
話題がドラマの話に戻ったことに、また胸がどきりとした。
「で、でも総司さん、洋画はあまり観ないんじゃ……」
彼は邦画好きで、しかも昔の作品を好んで観ると言っていた。
一緒に住み始めてまだそれほど経っていないが、彼が洋画を観ているところを可奈子は見たことがない。
それなのに海外ドラマを一緒に観ようと言うのが、とても不自然に感じた。
「たまにはいいかなと思って。可奈子がおもしろかった方の続きを観ようか。どっちがいい? スカイスパイとアットホームダーリン」
微笑みながら問いかける彼に可奈子の背筋が凍りつく。
今自分は彼に試されているのではないだろうか。
スカイスパイを観た可奈子が総司の正体に気付いたかもしれないと彼は疑っているのだろう。
一緒に観て可奈子の反応を確かめるつもりなのかもしれない。
それともどっちを選ぶかで、なにかを試そうとしている?
……スカイスパイか、アットホームダーリンか。
いったいどちらを選ぶのが、可奈子にとって正解なのだろう。
久しぶりに夫婦ふたりで過ごせる夜に、どちらのドラマを観たいかというなんてことない質問をしているはずなのに、不自然なくらい真剣な総司の瞳を見つめながら、可奈子は一生懸命に考える。
でもいくら考えても答えは浮かんでこなかった。
ひとつだけわかるのは、彼と一緒にスカイスパイを観る勇気は今の可奈子にはないということ。そんなことをしたら、とても冷静ではいられなくてすべてを暴露してしまうだろうということだけだった。
さっき水を飲んだばかりだというのに、極度の喉がカラカラに渇いている。
「ア……ア」
「あ?」
「ア、アットホームダーリン、かな……」
それだけを言って、可奈子は彼から目を逸らす。ドキンドキンと鳴る心臓の音が耳に大きく響いた。
「……なるほど」
やや固い声音で総司は応える。
やはり選択を間違えたのだろうかと可奈子は不安に襲われた。スカイスパイを避けたことで却って不審に思われたのかもしれない。
とはいえ、すでに口から出てしまったものはもう取り消すことはできなかった。
「すっごく眠いから、も、もう寝るね……!」
そう言って立ち上がり、可奈子はそそくさと部屋を出る。総司がなにかを言いかけたけれど、気が付かないフリをした。
寝室に駆け込んでベッドに潜り込む。
頭から布団をかぶってギュッと目を閉じた。
彼と一緒にいるために、知らないフリをしていようと、心に決めたばかりだけれど、早々にくじけてしまいそうだった。
こんなこと、とても長くは続けられない。お互いに相手に言えない秘密を抱えて、腹の探り合いみたいなことをする。そんな関係にまったく意味はないだろう。
それなのにどうしても離れたくはない、失いたくはないのだ。
可奈子がそろりそろりと足音を忍ばせてキッチンへ行き、冷蔵庫から取り出した水を飲み干した時、総司が振り返った。
「可奈子、明日のシフトは?」
可奈子は肩をぎくりとさせる。でも問いかけられた内容に、一応はホッとする。
ドラマのことを聞かれたら、どうしようと思っていたからだ。
さっき彼から逃げた後、寝室からバスルームに直行して、いつもより長めに湯に浸かった。その間、できるだけ気持ちを落ち着かせようと試みた。
一生懸命自分に言い聞かせたのだ。
とにかくなにを聞かれても、知らないふりをしていればいい。
いくら疑われていたとしても、彼だって自分から正体をバラすようなことはしないはずだ。
いつも通り、いや、いつもよりも能天気なふりをして……。
「あしたは、早番だよ」
そう答えて可奈子はリビングへ行く。不自然に避けるのも、やめた方がいいと思ったからだ。彼の隣に腰を下ろして、無理やりにっこり微笑んだ。
「総司さんは?」
「俺も早く帰れそうだ。なるべく早く帰ってくるよ」
可奈子を見つめて、彼は早く帰ると繰り返す。可奈子はゆっくり頷いた。
「わかったわ」
「夕食も一緒に食べられるからな」
「……うん」
もう一度頷いて、自分を伺うように見つめる総司の目を見つめ返した。
普段通り普段通りと唱えながら。
「一緒に食べられるからな」
まるで念を押すように彼は言う。
なにも知らない幸せな妻ならば、どう振る舞うのが正解なのかと、可奈子は思いを巡らせながらまたにっこりと微笑んだ。
「嬉しい。じゃあ、なにか作って待ってるね。総司さんはなにがいい?」
ところが彼はその言葉に眉を寄せて真剣な表情になる。そして首を横に振った。
「いや、作らなくていい」
「え……?」
「俺が作るよ。可奈子はなにが食べたい?」
「でも、総司さん……」
戸惑いながら可奈子は答える。
いくらなんでも彼が可奈子より早く帰れるなんてことはないはずだ。
グランドスタッフの早番は早朝から昼過ぎまでなのだから。
「私の方が早いから、私が作るよ」
可奈子はそう告げるが彼は納得しなかった。
「いや、俺が作る。リクエストがないなら、適当に考えるから。可奈子はなにもしなくていい」
「……わ、わかった」
あまりにも真剣な彼の空気に押されて、可奈子は素直に頷くと、彼は安心したように息を吐いた。
「久しぶりにゆっくりと過ごせるから、夕食の後は可奈子のしたいことをしよう。そうだ、一緒にドラマの続きを観ようか」
「……え?」
可奈子は掠れた声を漏らす。
話題がドラマの話に戻ったことに、また胸がどきりとした。
「で、でも総司さん、洋画はあまり観ないんじゃ……」
彼は邦画好きで、しかも昔の作品を好んで観ると言っていた。
一緒に住み始めてまだそれほど経っていないが、彼が洋画を観ているところを可奈子は見たことがない。
それなのに海外ドラマを一緒に観ようと言うのが、とても不自然に感じた。
「たまにはいいかなと思って。可奈子がおもしろかった方の続きを観ようか。どっちがいい? スカイスパイとアットホームダーリン」
微笑みながら問いかける彼に可奈子の背筋が凍りつく。
今自分は彼に試されているのではないだろうか。
スカイスパイを観た可奈子が総司の正体に気付いたかもしれないと彼は疑っているのだろう。
一緒に観て可奈子の反応を確かめるつもりなのかもしれない。
それともどっちを選ぶかで、なにかを試そうとしている?
……スカイスパイか、アットホームダーリンか。
いったいどちらを選ぶのが、可奈子にとって正解なのだろう。
久しぶりに夫婦ふたりで過ごせる夜に、どちらのドラマを観たいかというなんてことない質問をしているはずなのに、不自然なくらい真剣な総司の瞳を見つめながら、可奈子は一生懸命に考える。
でもいくら考えても答えは浮かんでこなかった。
ひとつだけわかるのは、彼と一緒にスカイスパイを観る勇気は今の可奈子にはないということ。そんなことをしたら、とても冷静ではいられなくてすべてを暴露してしまうだろうということだけだった。
さっき水を飲んだばかりだというのに、極度の喉がカラカラに渇いている。
「ア……ア」
「あ?」
「ア、アットホームダーリン、かな……」
それだけを言って、可奈子は彼から目を逸らす。ドキンドキンと鳴る心臓の音が耳に大きく響いた。
「……なるほど」
やや固い声音で総司は応える。
やはり選択を間違えたのだろうかと可奈子は不安に襲われた。スカイスパイを避けたことで却って不審に思われたのかもしれない。
とはいえ、すでに口から出てしまったものはもう取り消すことはできなかった。
「すっごく眠いから、も、もう寝るね……!」
そう言って立ち上がり、可奈子はそそくさと部屋を出る。総司がなにかを言いかけたけれど、気が付かないフリをした。
寝室に駆け込んでベッドに潜り込む。
頭から布団をかぶってギュッと目を閉じた。
彼と一緒にいるために、知らないフリをしていようと、心に決めたばかりだけれど、早々にくじけてしまいそうだった。
こんなこと、とても長くは続けられない。お互いに相手に言えない秘密を抱えて、腹の探り合いみたいなことをする。そんな関係にまったく意味はないだろう。
それなのにどうしても離れたくはない、失いたくはないのだ。