敏腕パイロットは純真妻を溢れる独占愛で包囲する
衝突
 夕日が沈む都会の街を、総司はリビングのソファに座り見つめている。

 窓の外はもうほとんど日が沈んで、ビル群の向こう側にわずかに紫色の線が残っているのみである。

 キッチンには完成したカレー鍋、冷蔵庫にはサラダもセットして、総司は可奈子の帰りを待っていた。

 今夜は、本当なら彼女の方が先に帰宅するはずだった。

だが昼過ぎに残業になりそうだというメールを受け取り、その後会社を出たというメールがさっき届いたからもうまもなく帰ってくるだろう。

 今夜のメニュー香辛料を効かせた本格カレーは、総司の得意料理で以前作った際も可奈子は美味しいと喜んでくれた。

ひとり暮らしが長い総司のレパートリーはまだ他にもたくさんあるが、とりあえず確実に喜ばれるものにした。

 たった一日、罪滅ぼしのように夕食を作っただけで、なにも変わらないということはわかっている。
失った信頼を取り戻し、彼女の心を癒すには、こんなことではとても足りない。

でもとにかく、なにかできることをしたかった。
 こうやって小さなことを積み重ねていくことしか今の自分にできることはない。

 いつのまにか目の前の空は、星が輝き始めている。

その中をチカチカと瞬きながら昇っていく赤い光を、無意識のうちに総司は目で追う。離陸したばかりのジェット機だ。

 幼い頃から空と飛行機が大好きで、当たり前のようにパイロットという職を選んだ。血の滲むような努力をし、それに見合うだけの結果も得たが、その道のりがずっと平坦だったわけではない。

優秀だエリートだと常に言われ続けてきた総司とて他のパイロットとなにも、変わらないごく普通の人間なのだから。

 思い悩み、もうやめようと思ったことは一度や二度ではない。

もしもあの時、自分を励ましてくれる大切な存在がいなければ、乗り越えられなかったかもしれない。

 ——可奈子が、総司との結婚に迷いを感じ、不安になっているのはもう動かしようのない事実だろう。

そしてそれはすべて、総司の責任なのだ。

 可奈子がパイロットを遠ざけていた理由を知った時、総司は彼女の苦悩を思い、胸を痛めた。

 些細なことだ、珍しくないと彼女は言うが、総司はそうは思わない。

 多感な時期に起こった両親の離婚、父親からの裏切りに、思春期真っ只中の彼女が衝撃を受け、傷ついたのは当然だ。

 それでもそれを乗り越えて、自分を信じると言ってくれたのに……。

 もし彼女がこの結婚を清算して別の道を生きたいと願うならいったい自分はどうすべきなのだろう。

 彼女の希望と、自らの想い——。

 いくら考えてもでない答えに、総司がため息をついた時、玄関から物音が聞こえる。
 可奈子が帰宅したのだ。
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