敏腕パイロットは純真妻を溢れる独占愛で包囲する
可奈子たちを乗せた機体は無事、南の島に向けて離陸した。しばらくすると機体は並行になりシートベルトサインが消える。
そこで可奈子は声をかけられた。
「お客さま、本日は私が担当させていただきます。よろしくお願いします」
その人物に、可奈子は目を輝かせた。
「里香さん!」
「田中さん、よろしく」
総司も彼女の苗字を呼び、微笑んだ。
NANA・SKYのファーストクラスには、何席かに一人専属のCAがつく決まりになっている。さっき搭乗するCAのメンバーを目にした時その中に美鈴がいたのを不安に思った可奈子だが、すっかり仲良くなって、ここのところプライベートでもご飯を食べに行くことも多い里香が付いてくれるなら安心だ。
「よろしくお願いします!」
可奈子は嬉しくなってそう言った。今やふたりは"里香さん""可奈子"と呼び合う仲だ。
「美鈴はむくれちゃって、今日はエコノミーだから安心してね」
こっそりと耳打ちしてくれたのもありがたかった。
「ありがとうございます」
小さな声でそう言うと、彼女はふふふと笑みを漏らし機内案内のパンフレットを広げて、可奈子に指し示す。
「機内では最新の映画もお楽しみいただけますよ。……これ、ルーカスが出てるの。私のおすすめ!」
「あ、本当だ!」
それに可奈子は反応した。
里香が指差す映画のタイトルにはスカイスパイに出てきた主人公ルーカスの俳優の姿。スカイスパイを観てすっかりファンになった可奈子にとっては嬉しい情報だった。
「私、これ観ます」
可奈子が宣言した。
「そうだ、里香さん。この間借りたアットホームダディシーズンツー観終わりました。また今度お返ししますね」
里香はCAという職業を利用して海外でドラマのDVDを買い集めるのが趣味なのだ。可奈子はそれらを借りることも多かった。
日本未上陸の作品は、日本語字幕がないから、語学のトレーニングにもなって一石二鳥だ。
「了解。じゃあその時に貸せるように次のおすすめもピックアップしとくよ」
「お願いします!」
「なにがいいかなぁ。俳優繋がりで観ていくのもいいけど、テーマ繋がりもおすすめなんだよね……」
里香が上を向いて考えを巡らせる。そして思いついたように声を上げた。
「そうだ! パイロット繋がりでいいのがあるよ。アクションじゃなくて、ドロドロした恋愛ものなんだけど。主人公はグランドスタッフなの、で、旦那がエリートパイロットなんだけど、何人ものCAと不倫をしてるサイテーヤロウなのよ……」
と、そこでごほんごほんと咳払いがして、里香は言葉を切る。
総司が嫌そうにふたりを見ていた。
「如月さん、どうかなさいました?」
「いや、べつに」
「……そうですか。それでね、可奈子。傷ついた主人公は旦那の後輩パイロットに慰めてもらうんだけど、彼は昔から彼女のことが好きで……」
ごほんごほん。
「……如月さん、体調でも悪いんですか?」
「いや、大丈夫」
そう言いながらも、総司は明らかに里香の話を警戒していた。
「だが、そのドラマはどうかな」
「なにか問題でも?」
「問題というか、あまりにも現実と被るような設定は……」
「ああああの……!」
可奈子は慌てて総司の言葉を遮った。総司の言わんとしていることがわかったからだ。彼は可奈子がまたドラマを観て、自分たち夫婦と混同することを警戒している。
もちろんそんなことありえないと今の可奈子には言い切れるが、……信用されていないのだろう。
「き、如月さんは邦画派なんですよねー! だから海外ドラマはちょっと……ってことです」
可奈子はごまかすように適当な言葉を口にする。総司の懸念をそのまま里香に知られるてしまうのは、いくらなんでも恥ずかしすぎるからだ。
里香が不満そうに眉を寄せた。
「そうなんですか。でもそういうのってどうかと思います、如月さん。夫婦といえども別人格。ちゃんと趣味は認めてあげないと」
「もちろんそのつもりだよ」
「本当ですか? でも妻の楽しみに口を挟むなんて、なんか心配。完璧だって思ってたけど、如月さんって意外と心が狭いんですね」
里香が総司を睨む。
総司が眉を上げた。
「そういう君は急にあたりがきつくなったね?」
「あたりまえです!」
里香が胸を張った。
「私の趣味について来られる子は貴重ですから! それこそ素敵な男性なんていくらでもいますけど、可奈子みたいな子はなかなか……」
「り、里香さん! わ、私、次もコメディがいいなぁ」
放っておいたら言い合いを始めかねないふたりに、可奈子は慌てて口を挟む。
「ア、アットホームダディでホームコメディにハマっちゃって」
そう言うと里香が嬉しそうに頷いた。
「了解。じゃ、またメールするね」
そう言って持ち場に戻っていった。
可奈子はホッと息を吐く。そしてジロリと総司を睨んだ。
「総司さんったら……」
里香の話じゃないけれど、ふたりの会話に口を挟まないでほしい。可奈子だって普段ならドラマと現実を混同したりしない。あくまでも彼の日記を見てしまったという特殊な事情が重なったからなのだ。
それなのに総司は、悪びれることなくあろうことか、くっくと肩を揺らして笑っている。
「当然の心配だろう」
そんなことまでいうものだから、可奈子は頬を膨らませた。
「もうっ!」
「まぁなんにせよ、CAたちともうまくやってるみたいで安心したよ」
それはその通りだった。
雨降って地固まるというのはこのことだろう。里香の海外ドラマの話から始まった誤解によって、可奈子と総司夫婦は新婚早々危機に陥った。でも最後にはそれが可奈子と里香を繋ぎ、ひいては他のCAたちの可奈子への態度は変わったのだ。
どうやら可奈子は里香の同僚たちからは、海外ドラマが好きすぎていきなり声をかけてきた変な子として認識されてしまったようで「如月さんがこういう子がタイプだったなら、私たちの出番がなかったのも仕方がないかな」と違う方向から総司の妻として認められたようだ。
ロッカールームで声をかけられることも増えた。
そしてふたりを取り巻く空気が変わったことは、やはり可奈子にとってはありがたいことだった。
可奈子は空にかかわるこの仕事が大好きなのだ。できることならいつまでも働き続けたいと思っている。
「ふふふ、そうだね。良くしてもらってるよ。今度飲み会にも誘われたし」
穏やかな気持ちで新婚生活を送れている今なら、どんなドラマを観ても実生活と混同して不安になることはないだろう。
「だから本当にこれからは大丈夫よ。ドラマと現実は違うって私、ちゃんとわかってるから」
可奈子は安心させるようにそう言うが、総司はまだ信用できないようだ。疑わしげに可奈子を見て首を傾げる。
「どうかな」
そしてやれやれというようにため息をついた。
「子供に教育上よくないものを見せたくないっていう親の気持ちが、わかるような気がするよ」
そこで可奈子は声をかけられた。
「お客さま、本日は私が担当させていただきます。よろしくお願いします」
その人物に、可奈子は目を輝かせた。
「里香さん!」
「田中さん、よろしく」
総司も彼女の苗字を呼び、微笑んだ。
NANA・SKYのファーストクラスには、何席かに一人専属のCAがつく決まりになっている。さっき搭乗するCAのメンバーを目にした時その中に美鈴がいたのを不安に思った可奈子だが、すっかり仲良くなって、ここのところプライベートでもご飯を食べに行くことも多い里香が付いてくれるなら安心だ。
「よろしくお願いします!」
可奈子は嬉しくなってそう言った。今やふたりは"里香さん""可奈子"と呼び合う仲だ。
「美鈴はむくれちゃって、今日はエコノミーだから安心してね」
こっそりと耳打ちしてくれたのもありがたかった。
「ありがとうございます」
小さな声でそう言うと、彼女はふふふと笑みを漏らし機内案内のパンフレットを広げて、可奈子に指し示す。
「機内では最新の映画もお楽しみいただけますよ。……これ、ルーカスが出てるの。私のおすすめ!」
「あ、本当だ!」
それに可奈子は反応した。
里香が指差す映画のタイトルにはスカイスパイに出てきた主人公ルーカスの俳優の姿。スカイスパイを観てすっかりファンになった可奈子にとっては嬉しい情報だった。
「私、これ観ます」
可奈子が宣言した。
「そうだ、里香さん。この間借りたアットホームダディシーズンツー観終わりました。また今度お返ししますね」
里香はCAという職業を利用して海外でドラマのDVDを買い集めるのが趣味なのだ。可奈子はそれらを借りることも多かった。
日本未上陸の作品は、日本語字幕がないから、語学のトレーニングにもなって一石二鳥だ。
「了解。じゃあその時に貸せるように次のおすすめもピックアップしとくよ」
「お願いします!」
「なにがいいかなぁ。俳優繋がりで観ていくのもいいけど、テーマ繋がりもおすすめなんだよね……」
里香が上を向いて考えを巡らせる。そして思いついたように声を上げた。
「そうだ! パイロット繋がりでいいのがあるよ。アクションじゃなくて、ドロドロした恋愛ものなんだけど。主人公はグランドスタッフなの、で、旦那がエリートパイロットなんだけど、何人ものCAと不倫をしてるサイテーヤロウなのよ……」
と、そこでごほんごほんと咳払いがして、里香は言葉を切る。
総司が嫌そうにふたりを見ていた。
「如月さん、どうかなさいました?」
「いや、べつに」
「……そうですか。それでね、可奈子。傷ついた主人公は旦那の後輩パイロットに慰めてもらうんだけど、彼は昔から彼女のことが好きで……」
ごほんごほん。
「……如月さん、体調でも悪いんですか?」
「いや、大丈夫」
そう言いながらも、総司は明らかに里香の話を警戒していた。
「だが、そのドラマはどうかな」
「なにか問題でも?」
「問題というか、あまりにも現実と被るような設定は……」
「ああああの……!」
可奈子は慌てて総司の言葉を遮った。総司の言わんとしていることがわかったからだ。彼は可奈子がまたドラマを観て、自分たち夫婦と混同することを警戒している。
もちろんそんなことありえないと今の可奈子には言い切れるが、……信用されていないのだろう。
「き、如月さんは邦画派なんですよねー! だから海外ドラマはちょっと……ってことです」
可奈子はごまかすように適当な言葉を口にする。総司の懸念をそのまま里香に知られるてしまうのは、いくらなんでも恥ずかしすぎるからだ。
里香が不満そうに眉を寄せた。
「そうなんですか。でもそういうのってどうかと思います、如月さん。夫婦といえども別人格。ちゃんと趣味は認めてあげないと」
「もちろんそのつもりだよ」
「本当ですか? でも妻の楽しみに口を挟むなんて、なんか心配。完璧だって思ってたけど、如月さんって意外と心が狭いんですね」
里香が総司を睨む。
総司が眉を上げた。
「そういう君は急にあたりがきつくなったね?」
「あたりまえです!」
里香が胸を張った。
「私の趣味について来られる子は貴重ですから! それこそ素敵な男性なんていくらでもいますけど、可奈子みたいな子はなかなか……」
「り、里香さん! わ、私、次もコメディがいいなぁ」
放っておいたら言い合いを始めかねないふたりに、可奈子は慌てて口を挟む。
「ア、アットホームダディでホームコメディにハマっちゃって」
そう言うと里香が嬉しそうに頷いた。
「了解。じゃ、またメールするね」
そう言って持ち場に戻っていった。
可奈子はホッと息を吐く。そしてジロリと総司を睨んだ。
「総司さんったら……」
里香の話じゃないけれど、ふたりの会話に口を挟まないでほしい。可奈子だって普段ならドラマと現実を混同したりしない。あくまでも彼の日記を見てしまったという特殊な事情が重なったからなのだ。
それなのに総司は、悪びれることなくあろうことか、くっくと肩を揺らして笑っている。
「当然の心配だろう」
そんなことまでいうものだから、可奈子は頬を膨らませた。
「もうっ!」
「まぁなんにせよ、CAたちともうまくやってるみたいで安心したよ」
それはその通りだった。
雨降って地固まるというのはこのことだろう。里香の海外ドラマの話から始まった誤解によって、可奈子と総司夫婦は新婚早々危機に陥った。でも最後にはそれが可奈子と里香を繋ぎ、ひいては他のCAたちの可奈子への態度は変わったのだ。
どうやら可奈子は里香の同僚たちからは、海外ドラマが好きすぎていきなり声をかけてきた変な子として認識されてしまったようで「如月さんがこういう子がタイプだったなら、私たちの出番がなかったのも仕方がないかな」と違う方向から総司の妻として認められたようだ。
ロッカールームで声をかけられることも増えた。
そしてふたりを取り巻く空気が変わったことは、やはり可奈子にとってはありがたいことだった。
可奈子は空にかかわるこの仕事が大好きなのだ。できることならいつまでも働き続けたいと思っている。
「ふふふ、そうだね。良くしてもらってるよ。今度飲み会にも誘われたし」
穏やかな気持ちで新婚生活を送れている今なら、どんなドラマを観ても実生活と混同して不安になることはないだろう。
「だから本当にこれからは大丈夫よ。ドラマと現実は違うって私、ちゃんとわかってるから」
可奈子は安心させるようにそう言うが、総司はまだ信用できないようだ。疑わしげに可奈子を見て首を傾げる。
「どうかな」
そしてやれやれというようにため息をついた。
「子供に教育上よくないものを見せたくないっていう親の気持ちが、わかるような気がするよ」