敏腕パイロットは純真妻を溢れる独占愛で包囲する
食堂で
「そんなの気にしてたらきりがないって。相手はあの如月さんだよ? 可奈子も覚悟してたでしょう?」
空港食堂名物のカレーライスを食べながら、由良が可奈子に問いかける。
可奈子はスプーンを持った手を止めて彼女に答えた。
「まぁ、それはそうなんだけど」
午前中の業務を終えて、ふたりは昼食を取りに食堂へやってきた。
空港の目立たない場所にある主にここで働く人のための食堂である。
機体の整備を担当する作業着を着た男性たち、他社のCAやグランドスタッフ、それに混じる一般客、ちょうどお昼時とあってたくさんの人でごった返している。
がやがやとうるさいが、その分注意していれば自社の誰かに会話を聞かれる心配はない。
可奈子は、福岡便での美鈴の振る舞いについて由良に相談していた。
ロッカールームの陰口はともかくとして、仕事にまで持ち込むのには腹が立ったのだ。
「でもそこは分けてほしい。お客様にはなんの関係もないんだから。スタッフ同士の雰囲気ってなんとなく伝わるもんだよ。私は全力でおもてなししたいのに……」
「仕方がないよ、あの美鈴さまだもん。女子社員の間では、気が強いんで有名じゃない。如月さんと結婚するのは私だ!って意気込んでたみたいだし。他の皆もまぁ社内で考えるならその可能性が高いかなって思っていたから、きっとプライドがズタボロなのよ」
確かにその噂は随分前に可奈子も聞いたことがある。
総司が社内の誰かと噂になったことはないけれど、美人で優秀な彼女ならきっといつか落ちるだろうというものだ。
その頃可奈子は、まだ総司と話したこともなかったから、ただそうなのかと思っただけだったが。
「如月さんってアイドルみたいなもんだったから、結婚しちゃって皆、ガッカリなのよ。如月ロスの真っ最中ってわけ」
そう言って由良はくすくす笑った。
「でも心配しないで。がっかりはしたけど、グランドスタッフの間に可奈子を悪く言う人はいないから。先輩たち、可奈子は希望の星だって言ってるよ。もう少ししたら旦那さま関係の飲み会依頼が殺到すると思う」
無邪気な彼女の言葉に、可奈子はカレーを食べながら苦笑する。
そっちの方はそれほど深刻に心配していなかった。
由良が嬉しそうに笑った。
「私はもう少し、からかわせてもらうけど」
彼女は本社に婚約中の彼氏がいるから高みの見物なのだ。
もともと総司のファンというわけでもなかったし、可奈子が結婚を報告したときも驚きつつ手放しで祝福してくれた。
「ま、美鈴さまもさ、しばらくしたら諦めるでしょ。可奈子は堂々としていればいいんだよ。なんといっても、如月さんに選ばれたのは可奈子なんだもん。愛に勝るものはなしだよ!」
愛に勝るものはなし。
その言葉に、可奈子の胸がコツンと鳴る。可奈子だってつい最近まではそう思っていた。
だからこそ、ふたりの結婚が社内に知れ渡って騒然となった時も、平気な顔をして勤務を続けられたのだ。
……そう、数日前にあの日記を見るまでは。
ここ数日、可奈子に向けられる周囲の目がどうにも気になってしまうのは、あの日記を見てしまったことが影響しているのは間違いない。
「それにしてもびっくりだった」
由良の言葉に、可奈子は顔をあげた。
「だって可奈子、パイロットに憧れはない、恋愛対象にはならないって、きっぱりハッキリ言ってたじゃない? パイロットが来る飲み会には絶対に参加しなかったのに、その言葉をあっさり覆す結婚だったんだもん。私、裏切られたような気持ちだった。本社の彼の同僚から可奈子を紹介してほしいって話も結構あったのに、全部ダメになっちゃったんだよ。ま、相手が如月さんなら、わからなくもないけど」
恨めしそうに言う由良に、可奈子は慌てて口を開く。
「それは、ごめん。あれは嘘じゃなくて、本当にそう思っていたんだよ。総司さんとだって一年前までは、話したこともなかったんだから。でも……なんか自分でもよくわかんないうちに、こうなっちゃったんだよね……」
「よくわかんないうちに? そんなことってある?」
首を傾げる由良を見つめながら、可奈子は総司とはじめて話をした日の出来事を思い出していた。
空港食堂名物のカレーライスを食べながら、由良が可奈子に問いかける。
可奈子はスプーンを持った手を止めて彼女に答えた。
「まぁ、それはそうなんだけど」
午前中の業務を終えて、ふたりは昼食を取りに食堂へやってきた。
空港の目立たない場所にある主にここで働く人のための食堂である。
機体の整備を担当する作業着を着た男性たち、他社のCAやグランドスタッフ、それに混じる一般客、ちょうどお昼時とあってたくさんの人でごった返している。
がやがやとうるさいが、その分注意していれば自社の誰かに会話を聞かれる心配はない。
可奈子は、福岡便での美鈴の振る舞いについて由良に相談していた。
ロッカールームの陰口はともかくとして、仕事にまで持ち込むのには腹が立ったのだ。
「でもそこは分けてほしい。お客様にはなんの関係もないんだから。スタッフ同士の雰囲気ってなんとなく伝わるもんだよ。私は全力でおもてなししたいのに……」
「仕方がないよ、あの美鈴さまだもん。女子社員の間では、気が強いんで有名じゃない。如月さんと結婚するのは私だ!って意気込んでたみたいだし。他の皆もまぁ社内で考えるならその可能性が高いかなって思っていたから、きっとプライドがズタボロなのよ」
確かにその噂は随分前に可奈子も聞いたことがある。
総司が社内の誰かと噂になったことはないけれど、美人で優秀な彼女ならきっといつか落ちるだろうというものだ。
その頃可奈子は、まだ総司と話したこともなかったから、ただそうなのかと思っただけだったが。
「如月さんってアイドルみたいなもんだったから、結婚しちゃって皆、ガッカリなのよ。如月ロスの真っ最中ってわけ」
そう言って由良はくすくす笑った。
「でも心配しないで。がっかりはしたけど、グランドスタッフの間に可奈子を悪く言う人はいないから。先輩たち、可奈子は希望の星だって言ってるよ。もう少ししたら旦那さま関係の飲み会依頼が殺到すると思う」
無邪気な彼女の言葉に、可奈子はカレーを食べながら苦笑する。
そっちの方はそれほど深刻に心配していなかった。
由良が嬉しそうに笑った。
「私はもう少し、からかわせてもらうけど」
彼女は本社に婚約中の彼氏がいるから高みの見物なのだ。
もともと総司のファンというわけでもなかったし、可奈子が結婚を報告したときも驚きつつ手放しで祝福してくれた。
「ま、美鈴さまもさ、しばらくしたら諦めるでしょ。可奈子は堂々としていればいいんだよ。なんといっても、如月さんに選ばれたのは可奈子なんだもん。愛に勝るものはなしだよ!」
愛に勝るものはなし。
その言葉に、可奈子の胸がコツンと鳴る。可奈子だってつい最近まではそう思っていた。
だからこそ、ふたりの結婚が社内に知れ渡って騒然となった時も、平気な顔をして勤務を続けられたのだ。
……そう、数日前にあの日記を見るまでは。
ここ数日、可奈子に向けられる周囲の目がどうにも気になってしまうのは、あの日記を見てしまったことが影響しているのは間違いない。
「それにしてもびっくりだった」
由良の言葉に、可奈子は顔をあげた。
「だって可奈子、パイロットに憧れはない、恋愛対象にはならないって、きっぱりハッキリ言ってたじゃない? パイロットが来る飲み会には絶対に参加しなかったのに、その言葉をあっさり覆す結婚だったんだもん。私、裏切られたような気持ちだった。本社の彼の同僚から可奈子を紹介してほしいって話も結構あったのに、全部ダメになっちゃったんだよ。ま、相手が如月さんなら、わからなくもないけど」
恨めしそうに言う由良に、可奈子は慌てて口を開く。
「それは、ごめん。あれは嘘じゃなくて、本当にそう思っていたんだよ。総司さんとだって一年前までは、話したこともなかったんだから。でも……なんか自分でもよくわかんないうちに、こうなっちゃったんだよね……」
「よくわかんないうちに? そんなことってある?」
首を傾げる由良を見つめながら、可奈子は総司とはじめて話をした日の出来事を思い出していた。