一夜限りと思ったワンコ系男子との正しい恋愛の始め方
「駄目か?」
「ランチじゃないんだぞ。会社の帰りに彼女と待ち合わせてデートするのに、近場で済まそうとするなよ」
「ちょっと待った! か、彼女? デートって……」

 うろたえる健斗をわざと見上げるように睨みつけ、陽平が確認する。

「ここまで頑張って、連絡先交換までいけたんだ。このあと本気で美晴さん落とすだろ? 落とすつもりだろ? なぁ、健斗?」
「それは、……まぁ」
「それなら、俺が今知っている中で一番のお勧めを教えてやる。ちょうどここから二駅先の場所にあるフレンチだ。会社に近すぎてもただの飲み会になるし、遠すぎると帰りの電車が気になるからな」
「ありがとう」

 陽平の細やかな気遣いと分析に圧倒され、健斗はそれ以上の言葉が出てこない。一方の陽平はすっかりスイッチが入ったようで、まるで自分が行くかのようにスマホのスケジュール帳を立ち上げた。

「で、いつ行くんだよ」
「え、水曜日だろ」
「だからランチじゃないって。夜に行くんだから別に水曜でなくて良いだろ? 金曜日で誘え。あとはお前の頑張り次第だ」

 金曜日。次の日は休みの日。陽平が勧める店で二人でディナーをとって、その後は……。

 そこまでを想像すると、健斗はゴクリと喉を鳴らした。

「健闘を祈る」

 そう言うと陽平がジョッキを掲げ、健斗に向かってニヤリと微笑んだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 そして翌週の金曜日、健斗は美晴を連れて無事フレンチ・レストランの前まで来ていた。

「お洒落なお店……」

 若干戸惑いがちに小さくつぶやく美晴の横で、健斗も黙ってうなずく。

 白壁に木製のドア。南仏を思わせる、シンプルなのに雰囲気のある店構え。真鍮の針金で綴られたフランス語の店名がその白壁に打ち付けられており、スポットライトに照らされている。筆記体で書かれているそれはひたすら格好良いが、果たして予約した店と合っているのか健斗の中の緊張と不安を煽るだけだった。

「えっと、入りましょう」
「そうですね」

 迷宮の入り口を前にした旅人の様な気持ちで健斗が扉を開ける。白を基調とした店内に、赤いテーブルクロス。お洒落な内装に、つい自分の存在が場違いな気がして怖気付いた。しかし美晴を誘って来ている以上、ここで引き返す訳にはいかない。店員に自分の名を告げ、案内してもらう。席に着くとそれだけでひと仕事終えたような気になり、つい息を吐き出した。




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