一夜限りと思ったワンコ系男子との正しい恋愛の始め方
普段はお弁当を作ってくる彼女がこのコンビニを利用するのは、決まって水曜日。この週の中日だけお弁当作りをお休みして、ランチを外のお店で食べるのだ。そしてオフィスへ戻るついでに、コーヒーを買ってここで飲む。都内で一人暮らしをする二十八歳のOLにとって、それはささやかな贅沢だ。
ランチに行くお店のチョイスはその時の気分で、だから食後のコーヒーが欲しくなるのもその時の気分次第。オフィスとお店の距離だとか、ご飯を出されるタイミング、あとお店でコーヒーがつく場合など、状況はいくらでも変わる。とはいえ、ここ一月程は必ずここに寄っていた。その理由はこの二人。
毎回とても楽しそうにおにぎりの具について悩み、真剣に選び、買ってゆく。もちろんそれ以外のおかずも買ってはいるのだけれど、配置のせいでイートインコーナーで聞こえるのは、いつもおにぎりの話題からだった。
テンション高めで相方に一生懸命話しかける小さい方は小型愛玩犬のポメラニアンをイメージさせ、それに対し口数少なく応えるのは大型牧羊犬のピレネー。美晴の中では、二人は犬種の違う仲の良い二頭のワンコだ。
日々の生活は慎ましく。でも毎週水曜日のささやかな贅沢、ランチ外食で気持ちを奮い立たせ、週の後半を乗り切る。そんな贅沢の仕上げが、この二人のほのぼのとしたおにぎりトークだった。多分、美晴より年は下なのだろう。社会に出てまだ数年。お昼休みの会話で学生時代のノリに戻れる、そんな彼らがなんだか眩しかった。
彼らがおにぎりを選び、別のコーナーへと去っていったのを気持ちの区切りとして、美晴はスマホの時刻表示を確認する。十二時二十分。もう出なければ。出来ればこのコーヒーカップを捨てていきたいが、微妙に残っている気もしていた。ゴミ箱の前でカップの蓋を開けると、案の定飲みかけが残っている。
この量なら、飲み切ってから捨てた方がいい。
そう判断して、美晴が蓋の開いたカップを口元まで持っていくと、肩にトンと衝撃があった。
「あ」
カップの角度がズレて、口元にコーヒーがかかってしまう。
「あ」
「あーっ」
同時に二人の男性の声がした。
「すみません」
「井草、お前なにやって、って俺がお前押したからか。すみませんっ」
そう言って謝るのは、おにぎりの具について熱く語っていた二頭のワンコ。いや、サラリーマンだった。レジ前で小柄なポメラニアンが井草と呼ぶピレネーをなにかの拍子で押し、それをかわした井草の腕が美晴の肩に触れたらしい。
「いえ、私もこんなところで立ち止まって邪魔していたので」
二人の焦り様に逆に驚いて、美晴はハンドタオルで慌てて口元を拭った。そもそも、入り口の出入りのあるところで場所をふさぎ、しかもカップの蓋を開けて直接残りのコーヒーを飲もうとしていた方が悪いのだ。ついでに言うならこんなオフィス街のコンビニで、大人の女性らしからぬ行為だった。二人がかりで謝られると、逆に恥ずかしい。
ランチに行くお店のチョイスはその時の気分で、だから食後のコーヒーが欲しくなるのもその時の気分次第。オフィスとお店の距離だとか、ご飯を出されるタイミング、あとお店でコーヒーがつく場合など、状況はいくらでも変わる。とはいえ、ここ一月程は必ずここに寄っていた。その理由はこの二人。
毎回とても楽しそうにおにぎりの具について悩み、真剣に選び、買ってゆく。もちろんそれ以外のおかずも買ってはいるのだけれど、配置のせいでイートインコーナーで聞こえるのは、いつもおにぎりの話題からだった。
テンション高めで相方に一生懸命話しかける小さい方は小型愛玩犬のポメラニアンをイメージさせ、それに対し口数少なく応えるのは大型牧羊犬のピレネー。美晴の中では、二人は犬種の違う仲の良い二頭のワンコだ。
日々の生活は慎ましく。でも毎週水曜日のささやかな贅沢、ランチ外食で気持ちを奮い立たせ、週の後半を乗り切る。そんな贅沢の仕上げが、この二人のほのぼのとしたおにぎりトークだった。多分、美晴より年は下なのだろう。社会に出てまだ数年。お昼休みの会話で学生時代のノリに戻れる、そんな彼らがなんだか眩しかった。
彼らがおにぎりを選び、別のコーナーへと去っていったのを気持ちの区切りとして、美晴はスマホの時刻表示を確認する。十二時二十分。もう出なければ。出来ればこのコーヒーカップを捨てていきたいが、微妙に残っている気もしていた。ゴミ箱の前でカップの蓋を開けると、案の定飲みかけが残っている。
この量なら、飲み切ってから捨てた方がいい。
そう判断して、美晴が蓋の開いたカップを口元まで持っていくと、肩にトンと衝撃があった。
「あ」
カップの角度がズレて、口元にコーヒーがかかってしまう。
「あ」
「あーっ」
同時に二人の男性の声がした。
「すみません」
「井草、お前なにやって、って俺がお前押したからか。すみませんっ」
そう言って謝るのは、おにぎりの具について熱く語っていた二頭のワンコ。いや、サラリーマンだった。レジ前で小柄なポメラニアンが井草と呼ぶピレネーをなにかの拍子で押し、それをかわした井草の腕が美晴の肩に触れたらしい。
「いえ、私もこんなところで立ち止まって邪魔していたので」
二人の焦り様に逆に驚いて、美晴はハンドタオルで慌てて口元を拭った。そもそも、入り口の出入りのあるところで場所をふさぎ、しかもカップの蓋を開けて直接残りのコーヒーを飲もうとしていた方が悪いのだ。ついでに言うならこんなオフィス街のコンビニで、大人の女性らしからぬ行為だった。二人がかりで謝られると、逆に恥ずかしい。