一夜限りと思ったワンコ系男子との正しい恋愛の始め方
 オフィスビルの最上階にある社員食堂はまだ昼のピークの最中のようで、それなりに混んでいた。幸いにも一人用の窓際の席が空き、すかさずそこに入り込む。給茶機から汲んだお茶を一口すすると、自然とため息がこぼれた。

 久し振りだね。

 にこやかに微笑みかける男の姿を思い出す。

「ほんと。五ヶ月ちょっとぶり」

 まわりに聞こえない様に小さくつぶやいてから、ふと鼻で笑ってしまった。

 名取(なとり) 聡史(あきふみ)。美晴の元上司で、今年の三月末まで恋人だった男。人当たりがよく穏やかで、誰にでも優しく、そして誰にでも……冷たい。

 ねぇ、美晴。

  真夜中の、名取の部屋を思い出す。間接照明だけがついたお洒落でスタイリッシュな部屋の中。床に転がる、酒の空き缶。脱ぎ散らかされた洋服。裸の自分。洋服を着たままの名取が、ソファーに座ってにこやかに微笑んでいる。

 美晴は俺を使って気持ちよくなりたいんだよね。

 当たり前のようにそう言う男の顔に、ただ見とれていた。新規プロジェクトのメンバーとして引き抜かれ、がむしゃらに働いた一年間、恋人と会えるのも月に一回がやっとだった。精悍で美しい顔。彼の家で、彼とふたりきりになることだけが美晴の癒やしとなっていた。

 それなら先ず、俺を気持ちよくさせなくちゃね。出来るかい?

『ええ、聡史(あきふみ)さん』

 酒に酔い、男の色気に酔った美晴が、彼の期待に応えようとにじり寄る。スラックスに手をかけ、ベルトを外し、ボタンを外し、ジッパーを下ろす。

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